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きみのためなら死ねる。
19


ヤバい。
 イケメンが笑うと、こんなに心弾むものなのか。弾むどころか、思い切り床にたたきつけられたスーパーボールみたいにめちゃめちゃに跳ねる。いっそ感動すら覚えるくらいだ。だって、あの桂木が俺を見て笑っているのだ。昨日の好青年スマイルとはまた違う感じで。苦笑いだけれど、でもちゃんと笑っている。
 どうしよう。近所のボス猫に近づくのを許された時みたいな感動だ。ヤバい、泣きそう。

「それに、来るたびに蚊にびっしり刺された人を見るのは嫌だし」
桂木の顔がさっと陰った。
「え、は? まさか。それが本音じゃ……?」
うろたえながら聞くと、いたずらっぽく笑われた。
「………!?」

ビシャリと雷に打たれたような衝撃が走る。なんだろうこの大盤振る舞いは…! 出血大サービスとはこのことなのだろうか。いや、昨日出血したのも今日血を蚊に提供したのも紛れもなく俺なのだけれども。ってそんなことはどうでもいい。

「〜〜〜ッ! はぁ……」

 なんだかメーターが振りきれてしまったようで、思わず胡坐を掻いたまま顔を覆ってため息を吐いた。桂木が「どうした?」って聞いてくるから、「桂木がこんな奴だと思わなかった」ってムスッと言ってやったら、「俺もお前がこんな変な奴だと思わなかった」って挑戦的なトーンで言われた。

 そこから意味のない応酬が始まって、いわずもがな俺はコテンパンに言い負かされた。その過程で俺が母さんに絞られたことがバレたり、弁償した食器が桂木が元々持っていたものよりずっと多いことが判明したりして大分打ちひしがれたのだけれど、昨日の診療後、桂木に頭を撫でられたシーンを再現してやったらかなりうろたえた桂木が見られたから結構満足している。

 そうして男二人でむさ苦しくじゃれあっていたら(俺が勝手にじゃれついていたのだけど)突然父さんから電話が入った。どうやらいつのまにか10時を回っていたらしい。「明日も学校だろう」と父さんに静かに諭され背筋に悪寒が走った俺は慌てて桂木の家をお暇することになった。

 父さんは新井家の最終兵器だ。もしかするとその恐ろしさは母さんの上をいくかもしれない。母さんの怒りを燃えさかる炎だと例えるなら、父さんの怒りは我慢できるかできないかの微妙なグレーゾーンを行ったり来たりする熱風だ。そして結果的に低温火傷を負う。普段ほのぼのしていて子供に甘い父さんだから余計にダメージを受けるのだと思う。

 いそいそと帰宅の準備をして玄関まで歩いて行くと、桂木も後をついて来た。包帯に包まれているため履きにくい靴に俺が悪戦苦闘している間に、部屋を出やすいよう先回りして扉を開けて待っていてくれた。普段はドSな桂木だけれどこういうところは意外と紳士みたいだ。こういうの、すごくモテそう。いいな。見習おう。

「じゃあ……」
「じゃあ、」

同じセリフを二人同時に切り出してしまい、なんとも形容しがたい雰囲気になってしまった。二人で顔を見合せながらパチパチと目を瞬かせてしまって、思わず苦笑いが零れる。桂木は決まり悪そうに後ろ頭をポリポリ掻いていた。これじゃあまるで彼氏を玄関先まで見送る彼女だ。
そこでピンときて、「おやすみ夕介君っ。また来るね?」と飛びきりキモく悪ノリしてやったら、なにも言わずに扉を閉められた。ああ、俺の馬鹿。今日シミュレートしてこういうのはダメって予想済みのはずだったのに…!




 結局、その後も閉じられた扉が開く気配はまったくなくて、少しがっかりしながら暗がりの中良太の自転車でキコキコ帰った。無事家に着いた俺は問答無用で例のレシートを提出させられたり、キンカン片手に大量の蚊に刺されと奮闘したり、父さんにチョップを喰らったりしたが、12時半には布団に潜ることができた。



うつ伏せになりながら目覚ましのアラームを着けるために携帯を開く。

「あ」

桂木からメールが来ていた。眠気が一気に吹っ飛ぶ。桂木からの初メール。題名はなかった。桂木らしい。わくわくしながら文章を開く。


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6/5 10:56
Frm桂木夕介
Sub(non title)
―――――――――――
家着いた?


      (END)
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思わず笑ってしまった。桂木らし過ぎる。絵文字もなにもない、要件のみの至極シンプルなメールだ。桂木の家を出てから大分時間が経ってからのメールだったから、もしかすると送るかどうか迷ったのかもしれない。携帯見ながらニヤニヤするとか、俺キモいな。そう思いながらもこみ上げるニヤニヤ笑いを抑え切れない。疲れてたからもう寝てるかも、と推測しながらも我慢できずに速攻で返信する。あまりに嬉しかったので最後の行にピンクのハートマーク付き『おやすみ』を送ってやった。このメールを見た時の桂木の反応がちょっと気になる。

 しばらく待ってみたけれど、やはり眠ってしまっているのだろう。桂木からの返事はなかった。もどかしいような、逆に楽しみなような。そんな思いを抱えながら携帯のアラームをセットし、仰向けになるよう寝返りを打って目を閉じる。なんだか朝になるのが待ち遠しかった。




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