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きみのためなら死ねる。
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 財布の残金が36円になった。消えた105円は今、俺の口の中でむしゃむしゃしているおかかおにぎりになって、俺の空腹を僅かながら満たそうと奮起してくれている。明日奢る件については、141円じゃ恩返しできないという開き直りのもと、泣く泣く保留になった。ちなみにこのおにぎりは先ほど、桂木の家からチャリで5分程度離れたコンビニから夜な夜な調達してきた。

「………、」

 俺が背もたれにしている木目扉の部屋の主は依然留守のままだ。今回は鍵もしっかり閉まっているし、昨日とめてあった場所に桂木の自転車はなかった。だからたぶん、本当に留守なんだと思う。

 ここに着いたのは夕方の6時だった。だから、もう2時間もここにいることになる。桂木の帰りを待ち始めて30分が経過したところで、皿だけドアノブにひっかけて帰ってしまおうかとも思ったけど、誰かに盗まれてしまいそうだし、あまりにも心無いからやめた。

 長丁場になりそうだとわかって、1時間前に家に連絡を入れたら良太が出た。すごく心配されて少し心が弾んだ。けれどその束の間の喜びは後ろから聞こえてきた母さんの、「桂木君に渡すまで帰って来ちゃ駄目よ!」という冷たい叱咤に一掃された。

 それからというもの、俺はたかってくる蚊を散らしに時々その辺りを徘徊しながら、いまだ帰らぬ家主をひたすらに待っている。我ながらストーカーみたいだ。俺が桂木と同じ高校生だとわかるからか、幸いにも今のところすれ違ったアパートの他の住人にはきょとんとした顔をされるだけだけれど、もうそろそろ不審者だと通報されてもおかしくない。



 部屋の前に取り付けられた小さな明かりの周りを飛び回る羽虫を眺めながら、無意識に右腕を掻いた。あぁ、かゆいと思ったらまた蚊に刺されてる。これでもう7か所目だ。おにぎりももう無い。泣きそうになって、ビニールに入った皿を抱えながら、両腕に顔を埋めて小さく体を丸めた。

「いなくなってないよな……?」

ここ2時間、ずっと胸の底に溜まっていた不安がぽつりと零れた。







「――い、――きて、……新井、起きなってば!」

 揺さぶられながら耳元で声を張られ、沈んでいた意識が緩やかに浮上した。ここはどこだろう。それにどうして桂木が? こんなこと、前にもあったな、なんてデジャビュに襲われながら目の前で屈む桂木をぼんやり眺める。暗がりの中でほんのり照らされたその顔は、近くで見てもやっぱり男前だった。

「なにしてるの?」

かなり不機嫌そうだ。

「なにって、……ていうかあの、おかえり」
「………」

桂木の眉間のしわが心なしか増えた気がした。やっぱり不機嫌そうだ。俺のセリフをあっさりスルーして無言で質問に対する回答を促してくる。

「えっと、俺、桂木を待ってて」
「……それは見ればわかる。そうじゃなくて、今、何時かわかってる? 家はどうした? なんで来たの?」

そう矢継ぎ早に聞いてくる。俺はここになにをしに来たんだったか。それに、このやけに重たいビニール袋はなんだろう? 硬くて、重くて、丸くて。まるで食器みたいだ。――食器?

「あ。思い出した。これ、ごめん桂木! これ皿なんだけど、俺が割ったヤツの代わりに…!えーと、使って下さい。勝手に来たのも、すみませんでした」

扉に背を預け座りながらの体勢だったが、なんとか抱えた皿を中腰の桂木に差し出して頭を下げる。俯いてから視界に映ったもののほとんどは黒一色だった。今日は青色のTシャツを着てきたはずだったけれど、暗くて上手く色が識別できない。本当に今何時なのだろうか。



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