[携帯モード] [URL送信]

きみのためなら死ねる。
15



 隣町まで行ってなんとか手に入れた食器達は、新聞紙に丁寧に包みこまれ、一つのビニール袋の中に入れられたまま良太の自転車籠の中に納まっていた。(俺のチャリは先月学校でパクられた。絶対不良の仕業だ。)比較的なだらかな国道から近道のつもりで田んぼ道に指針を変更したせいで、常時ガタガタと危うげな音を立てている。調子に乗ってあそこで曲がるんじゃなかった。乗り慣れない良太の自転車と田んぼ道と重い荷物とで怪我した足への負担が大きい。けど、そんなことも言ってられない。なにせこの籠の中には、食器もとい、俺の一カ月の食費に相当するだけの価値があるのだから。その額3180円。ちなみに今の俺の財布の残金141円。まさに今月どうしようである。これで転ぼうものなら、俺は泣く。田んぼの真ん中で、蜜柑色の夕日に照らされながら俺は泣く。

 石かなにか踏んだのだろう。長い影をデコボコの地面に映しだした細いタイヤがほんの一瞬浮いた。その弾みでチリンと自転車のベルが鳴る。足痛て。
怪我自体は、昨日きちんと診察してもらったし、ゴルフから帰ってきた父さんからも包帯を一度取って消毒しなおしてもらったから大分マシにはなったけど、やっぱり痛いもんは痛い。

 どんよりした気分で夕空をチラリと見上げれば、まるでフランスの国旗を横にしたような水色と白と赤の縞模様が鮮やかなグラデーションで際限なく広がる空を満たしていた。すごく悠然としていて、眩い。あまりに眩くて、今の俺の弱った心にザックザク突き刺さる。

「………」


 それにしても、どんな顔して桂木に会おう。
自転車を漕ぎながらまだ見ぬ桂木との接触を頭の中でシミュレートしてみる。

 ピンポンとインターホンを鳴らす。それからしばらくして玄関のドアが開いて桂木が出てくる。そうしたらたぶん、桂木は俺を見てびっくりしながら、「おまえここでなにしてる」なんてきいてくると思う。うん、ここまでは順調だ。問題はここから。そうだな――、「よぉ、昨日ぶり!」とごく自然な感じを装って片手を上げる。――ドア、閉められるな。ノーリアクションで。だったら逆に、「実は、昨日言い忘れたことが合って」と暗い顔で切り出す。――駄目だ。シリアスすぎるし後が続かない。ならいっそ、「えへへっ、来ちゃった」と頬を染めながら上目遣いではにかむ――。却下。却下だ。俺が女の子にやってもらいたいシチュエーションを桂木にやってどうする。そんなことをしたら金輪際桂木に他人のフリをされる自信がある。

 どうしたらいいだろう。一番の難関は、桂木にとって俺の訪問が全くの予想外であることだ。こんなことなら桂木のメアドを教えてもらっておけばよかった。いや、そもそも桂木は携帯電話というか、連絡を取る手段を持っているのだろうか。だって、携帯を維持するのって結構大変だし。でも、一人暮らしでもちゃんと親がいるんだったら持ってるか。だけど親がちゃんとしてたら桂木は一昨日みたいなことをしないんじゃないか? じゃあやっぱり、自力で生活してんのかな。高校生が? 

「…………」

わからない。桂木の生態が、まったくわからない。今家にいるのかどうかさえわからない。

「……はぁ」

 途方に暮れて溜め息をついた。今日で、いや、昨日と合わせたらもう100回くらい溜め息をついているんじゃないだろうか。そろそろ地球温暖化に貢献するレベルだ。しかもその9割以上は自業自得によるもので。マジで、なにやってんだ俺って感じだ。情けなくて涙が出てくる。まあ、弁償は後日改めてしようと思っていたからいいんだけれど。でも、呆れられるだろうな。桂木に。あんなにフォローしてくれたうえ、昨日の今日だもんな。格好つかないよな。

それに月曜はどうやってあいさつしようとか、桂木になにを奢ってやろうとか考えていたのに。141円って。去年から今年に掛けて郵便局で募集していた年賀状仕分けのバイト代も、髪を切ったり靴を買ったりでなくなってしまったし。昼休み奢るにしても、これぽっちじゃ購買のパン一つが限界だろう。購買名物のロイヤルメロンパンは150円だからそれすら買えない。第一、もし買えたとして、それで昨日の恩を返せるのかといったらそれはNOだ。だって、昨日は――そりゃあいろいろあったけれど、桂木は家に泊めてくれたし(許可はなかったけれど)、怪我した足も看てくれた(荒療治だったけれど)。俺が汚したキッチンだって、なにも言わずに片づけてくれたし、その後もヤな顔しながら病院にも連れて行ってくれた。ちょっと強引だったけれどチャリで家にも送ってくれた。

本当なら、桂木に内緒でカツ丼とかラーメンとか盛大に奢るはずだった。それであの桂木の無表情をあっと驚かせてやりたかった。
まあ、予算がなくなったのも全部俺の自己責任なんだけれど。

「はぁ……」

すれ違い様に長い影を作って散歩しているおじいちゃんと犬がこちらを向いた気がした。たぶん今の溜め息を聞かれたのだと思う。でも、そんなことを気にする余裕は今の俺には残っていない。

鼻のむずがゆさに一つ二つおっさんのようなくしゃみを出しながら、車高の低いシルバーの自転車でよろよろと狭い田んぼ道を突き進んだ。








[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!