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きみのためなら死ねる。
14


“現実はそんなに甘くない”
そんな、ただでさえ儚い希望を木っ端みじんに吹き飛ばすような教訓をいったい誰が言ったのだろう。

抗う余地なし。まったくもってその通りである。
本当に。あの母さんがたったあれしきのことで湧きあがった怒りを忘れるはずがないのに。沸騰したマグマを鎮めるはずがないのに。そんな、甘いはずがないのに。

つまるところ、俺はあの後すぐにみっちりしごかれた。あの後っていうのは、キッチンから冷めたミートソーススパゲティをフライパンからよそって、4人掛けのいつものテーブルに落ち着いた後のことだ。家について安心して、さらにようやく念願の飯にありつける嬉しさから生じた油断がいけなかったんだ。そのうえ桂木のことで気持ちが舞い上がっていた。これが一番の要因だろう。
要するに、怪我した人に対して尋ねる事項の第一声を俺はその昼すっかりさっぱり忘れていたのだ。もう大丈夫。もう安心、と判断するのが早すぎた。本当に、なぜ俺はあの時怪我した理由を素直にペロッと吐いてしまったのだろう。そしてなぜうちの母さんは誘導尋問があんなに得意なのだろう。
その怪我どうしたの? 割れた食器で怪我って痛そうね、大丈夫? ところで、食器って桂木君のうちのよね? ああそう、それで、そのお皿は誰が割ったの? そうよね、桂木君のはずがないものね。お皿はどれくらい割れたのかしら? そう、掃除が大変だったでしょう? ……よくわかったわ、利樹。



 まさに芋づる式だった。その後のことは……思い出したくもない。説教後すぐに割った食器を弁償するよう命じられたというのに、長時間の正座による両足の酷使のため命令遂行が明日に繰り上げざるをえなくなったくらいだ。足のしびれも空腹も限界にきて、良太が寄こしてくれた助け船が瞬時に沈められて一緒にとばっちりを喰らってもらうはめになって、俺たち兄弟の空腹が極限状態まで追い詰められて。

 説教中、何度良太とアイコンタクトを交わしただろう。あれは間違いなく、「すまない弟よ、不甲斐ない兄を許してくれ」「何を言っているんだい兄さん。僕の方こそ兄さんの役に立てない駄目な弟でごめんね」なんていう、戦火の中のようなニュアンスを含んでいた。もう中2なのにちょっとブラコンの気があるな、なんて呆れることもままあるけれど、良太は実によく出来た弟だ。こんな馬鹿丸出しな俺にはもったいない。あれは完全にとばっちりだったな。悪いことした。まあ結局いつもの如く帰ってきた父さんに二人まとめて救われたんだけれど。



 そんな訳で、俺は「じゃあまた月曜な」と言って別れた桂木の家へまた向かうはめになったのである。桂木の食器を弁償するという、どこからどうみても自業自得以外のなにものでもない命を受けて。

 母さんが昨日のうちに書き留めておいた“弁償食器リスト”はものの見事に俺の財布をすっからかんにした。その内約はこうだ。茶碗が1つ、中皿2枚、丼ブリ1つ。小皿が2枚に、グラスとマグカップが一つづつ。はっきり言って俺はこんなに割った覚えはない。けれど俺のささやかな無言の訴えはリストアップし終えたあの鬼に届くはずもなく、物悲しく空に散った。買った後のレシートを帰ったあとで必ず提出するようにと言った母さんは本当に抜け目がない。もし刑事にでもなったら捜査の第一線でその猛威を存分に振るうことだろう。
いつかきっと出し抜いてやる――のは無理かもしれないが、大学に行ったらバイトしまくって絶対に一人暮らししてやる。そしていつかこの恐怖政治から華麗に逃走してやろう。良太には悪いけれどそれが俺の今の密かな第一目標であったりする。






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あきゅろす。
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