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きみのためなら死ねる。
13



「あのさ」

小さく呟く。聞こえなかったら聞こえなかったで構わなかった。これは単なる俺のわがままだし。ちょっと照れ臭かったから。

「俺の一生のお願いなんだけど」
口の中が渇いた。“一生のお願い”なんて言葉を使うのは小学生以来だ。
「…………」
「月曜さ、……昼飯、一緒に食お?」
「…………」

沈黙が流れた。チャリを漕ぐ音と、たまに通る車の音、後は鳥の鳴き声しか耳に入ってこなくて、望んでいた桂木の心地いい低音は聞こえてこなかった。

 なるべく自然に言ったつもりだったけれど、回りくどすぎただろうか? ダイレクトに学校へ来いと言った方がよかったか? それともやはり聞こえていなかった? 怒っては……なさそうだ。あぁ、失敗したかな。

 脳内でぐるぐるとそんなことを考えつつ、額を背中から離して静かにため息をついた。灰色のアスファルトがめまぐるしく足元を流れている。歩道の段差でチャリが揺れ、肩に掛けていた鞄がずれた。

「それが」
桂木が言った。思わず顔を上げる。
「新井の一生のお願い?」
聞こえてた。
「うん」
自分でも驚くくらい、すんなりと肯定の言葉が出た。
「いいよ」
柔らかい声。
「俺は別に、毎日でも」

桂木はチャリを漕ぎ続ける。その言葉を理解するのに一瞬遅れて泣きそうになった。現に俺の口から出た礼は情けなく震えていて、桂木の背中がくくっと揺れた。調子に乗って「じゃあ今から!」と誘えば、「今日はダメだ」と断られた。母さんに昼飯前には帰らせると伝えてあるらしい。それでも俺は湧きおこる高揚感を抑え切れなくて、だらしなく笑いながら額をぐりぐり背中に擦りつけた。一瞬の間を置いて「落とすよ」と脅される。

 だめだ。すごく嬉しい。神様に感謝したいくらいだ。だって、毎日でもということはつまり、とりあえず一安心してもいいということだと思う。俺の都合のいい解釈でなければ。俺、少しは役に立てたのだろうか。もしそうだったとしたら嬉しい。
ゆるゆると頬を緩ませながら荷台に掴まる。あの花屋を左に曲がればもうすぐ俺の家だ。





「あ、利樹!! あんたねぇ…! って、あらあ!? もしかして……、あなたが桂木君? なによ、やっぱりイケメンじゃない! って、違う違う。えっと、利樹がお世話になりました」

ビクビクしながら玄関を開けると母さんがいつもより1オクターブくらい高い声で俺達を出迎えた。鬼のような形相だったのが一瞬にしてよそ行きの顔になる。母さんが俺を見たのはほんのわずかな間で、玄関先のイケメンを発見してからは俺の事なんか見向きもしないで桂木に夢中になっている。ああ、桂木について来てもらうのを断らなくって良かった。

 ハイテンションな母さんを前に、そのまま帰ろうとしていた桂木はチャリを路肩に止めた。そして、自分がその桂木であることを告げながら段差を上がって玄関まで来ると、睫毛を伏せて申し訳なさそうに前で手を組んだ。

「僕の方こそ、大事な息子さんを一晩もお借りしてしまって申し訳ありませんでした」

桂木の好青年スイッチが入ったようだ。360度どこから見ても好青年。声まで爽やかな感じがする。それを聞いた母さんは口に手を当てて、「あらあらそんな、うちのなんか一晩でも二晩でも自由に借りていって頂戴」なんて言っている。母親として、その発言はどうなのだろう。朝はあんなにガミガミ怒っていたくせに、これだ。

俺は2人の猫の被りっぷりを複雑な心境で眺めていた。母さんはたまに被りきれていないけれど。それに乾いた笑いを漏らしたら、笑顔のままの母さんに叩かれた。衝撃が足の裏まで響いて痛い。



 その後桂木は、「家でお昼食べていって?」という母さんの誘いをやんわり断ってあっさり帰っていった。ちょっと残念だった。一緒に食べていけばいいのに。ハイな母さんに引いたんだろうか。ありそうでちょっと居たたまれない。

桂木の姿が見えなくなった後も母さんはかなり興奮気味だった。桂木がいかに好青年であるか、という演説を玄関先から熱く語っている。現代の若者と比較するのはいいけれど、そこで自分の息子達まで引き合いに出すのはやめてほしい。そりゃあ桂木に比べればしっかりしてないけれど、顔はもうしょうがないだろう顔は。あっちが無駄に整っているのだから。これでも告られたりするんだぞ? 本当に極たまにだけど。そう反論したら、「でもあんた長続きしないじゃない」と一蹴された。ひどい。

どうしてオバサン達ってああいう爽やか系の好青年が好きなのだろう。なんとか王子とか、青年プロゴルファーとか。母性本能が働くとか、そういうことなのだろうか? だとしたら、母さんは母性本能がくすぐられたということになる。あの桂木に。ちょっと想像がつかない。

良太も先ほどの様子を陰で見ていたようだ。「今の兄貴の友達!?」というセリフを皮切りに、散々質問攻めにあった。誰か俺の空腹と足の怪我を心配してくれる心優しい人はいないのか。犬のぺロだけか。
熊みたいにもふもふしたうちの愛犬は、リビングへ続くドアを開けた途端にフローリングの床をガサガサ駆け回り、俺の足をクンクン嗅いで飛びついてきた。嬉しいけど、足痛いよぺロ。お前デカいんだから。

 ぺロの熱烈歓迎を受けている間も、母さんと良太の口は止まらない。「話はまだ終わってない」という感じのマシンガントークだ。本当こういうところ親子だなと思う。いつもだったらこんな時、大抵父さんが助け舟を寄こしてくれるんだけれど、その肝心の父さんの姿が見えない。休日はよく年季の入った一眼(カメラ)をいじっていたり、ぺロを風呂に入れさせたりしているのに。良太の話を遮って尋ねてみれば、朝からゴルフへ出かけていて家にいないらしい。
   
けれど結果オーライだ。無断外泊の件を綺麗に水に流すことができたみたいなのだから。おそらくこれからこってりと母さんに絞られるということはないだろう。きっと、いや確実に桂木のおかげだ。俺は今日だけで桂木にいくつの貸しができたのだろう。月曜の昼休みには何を奢ろうか。頭の中で財布との折り合いをつけながら、昼飯を食べるためにキッチンへ向かった。歩き方はもちろんあのペンギン歩きだ。
そこで初めて二人とも俺の足の怪我に気付いたようだったが、できれば、「なにその変な歩き方」以外の言葉で気付いて欲しかった。




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あきゅろす。
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