[携帯モード] [URL送信]

きみのためなら死ねる。
12



 そうして気が付けば午後になっていた。そろそろ昼食を取る時間だ。すごく腹が減った。今朝はそれどころではなかったから朝飯を抜いてしまったのを思い出す。いや、朝食だけではない。昨日は夕食も取っていなかったから、きっと胃の中は空っぽだ。気持ち悪くなるくらい腹は減っているけれど、桂木に飯食いに行こうぜ! って誘うのはなんかちょっと違う気がする。だから俺は、鳴く気力さえ失っている腹の虫を叱咤しながらそのまま帰ることにした。桂木も昼飯の事は何も言ってこなかった。腹、減ってないのだろうか。


 俺ン家は隣の駅(無人駅とかあるくらい寂れた路線だけれど)の方にあるから、この病院から結構近い。だから一人で帰れると言ったのだけれど、桂木は問答無用って感じで俺をまたチャリの荷台に乗せてしまった。結局チャリで家まで送ってもらうことになった。どうやら桂木は面倒見がいいだけでなく、押しも強いようだ。

 昨日死にもの狂いで走った国道を、ゆったりとしたスピードでチャリが走っていく。やたらと敷地の広い車屋や、ウチの高校に通う生徒をターゲットにしたゲーセンの入ったラーメン屋等がぽつぽつある他は、ほぼ田んぼだ。

 俺は荷台に掴まって時折俺ン家の方向をナビゲートしながらぼけーっと遠くの空を眺めた。
突き抜けるように澄み切った空だった。梅雨なのに、それを感じさせないくらい眩しい空だ。カメラ、部室に置き去りにしないで鞄に入れてくれば良かった。無性にこの空を撮りたくてうずうずする。飽きるほど撮っている空なのに、なんだか特別なもののように思えた。

 妙な心境だった。もし昨日俺が屋上に居なかったらとか、もしナカセンに無理言って桂木の家に行こうとしなかったらとか、そういった事柄が重なっていなかったら、もしかしたら今桂木はここにいなかったのかもしれない。そう思うと、怖いというより、不思議な気持ちになった。桂木の背中を見つめる。風を切るように黙々とチャリを漕いでいる。濃い灰色のシャツをはためかせる桂木の背中は割と広くて、思ったより筋肉が付いていた。このしゃんとした背中に、命を捨ててしまいたいほど辛い何かを抱えているなんて信じられなかった。いや、信じたくなかった。だって、もう人生終わりにしたいなんてこの桂木が思うくらいだ。どんなに辛い日々をいつから過ごしてきたのだろう。高校生で一人暮らしという時点でその片鱗があらわれている気がした。両親はどうしたのかとか、生活はどうしているんだとか、寂しくはないのかとか。考えれば考えるほど疑問が後を絶たない。でもどちらにせよ、俺なんかが想像もできないくらいに桂木は過酷な人生を生きているのだろう。それを緩和できないか、力になれることはないかと考えてみたけれど、それはまるで、流れの速い川にポンと落とされたビー玉を探すくらいに途方がない気がして、胸がきゅうっとした。それが悔しさからなのか、それとも別の何かからなのかはよくわからなかった。


 クシュンとくしゃみが出て、俺の頭が桂木の背中にぶつかる。きっと歩道のわきに生えている雑草のせいだ。この時期になるといつもこうだ。何かしらの花粉にあてられているのだろう。鼻をすすりながら「ごめん」と謝ると、「風邪引かせた?」と尋ねられた。昨日窓を開けっ放しにして眠ってしまったから、そのことを言っているのだと思う。開けたのは俺なのに。

「ううん。たぶん花粉症。あ、そこ右曲がって」
桂木に聞こえるよう声を張る。
「右ね」

桂木と俺を乗せたチャリが右折する。ここまで来ると道が大分狭まる。小さい和菓子屋やクリーニング屋が並ぶ見なれた街並み(街並みと呼べるほど栄えていないが)が見えてきてちょっと安心した。でもそれは同時に、桂木と別れるということを意味するから少し寂しい。それ以上にすごく、心配だ。明日は日曜だから、月曜桂木が学校に来るとしても一日空く。その間に桂木の存在がこの世からなくなってしまったらと思うと怖かった。そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。桂木が嫌がってもこれだけは譲れない。知らず知らずのうちに顔の筋肉に力が入る。

 俺はゴンと目の前にある背中に額を打ち着けた。「お前には関係ない」とまた言われるかもしれない。でも伝えずにはいられなくて、胸の中がもやもやしたまま口を開いた。






[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!