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きみのためなら死ねる。
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 それから俺は桂木が先ほど言った通り病院へ行くことになった。これくらいの怪我別に平気だと言ったのだけれど、その包帯の巻き方では母親にばれてまた絞られるよと脅され、俺は渋々従うことにした。

顔を洗うために洗面台を借りようと立ち上がる。そして両足を畳の上へ着ける間もなく足の裏の激痛に襲われ、また布団の上に沈んだ。体を『ん』の字にしてゴロゴロ転がる無様な姿を歯を磨いている桂木に目撃された。あんな目で桂木に見られる日が来るとは。俺の明日への活力が5ほど減った気がする。ちなみにマックスは30だ。いや、そんなことはどうでもいい。桂木はひっくり返った団子虫でも観察するみたいな視線を寄こして肩を貸すと申し出てくれたが、俺のちっぽけなプライドに掛けてそれを受け入れる訳にはいかなかった。

 意を決して洗面台へ向かう。姑息にも俺は足の裏の側面を使ってペンギンみたいによたよた歩く、という方法を見つけた。この歩き方は非常に楽だ。足への負担が少ない。この歩き方を発見できたことに満足して自然と口元が緩む。布団を片付ける桂木の眼差しを背後から受けた気がしたが、一人で歩くことに意義があるんだと自分に言い聞かせた。

 洗面台はキッチンや玄関のある部屋にあった。この部屋には洗面台のほかに風呂場とトイレもあるようだ。家賃はいくらくらいなのだろう。ぼろアパートなんて思っていたけれど、一人暮らしにしては結構いい部屋なのではないだろうか?

 キッチンは昨日俺が滅茶苦茶にしたはずだったが、いつの間にか綺麗に片づけられていた。もしかしたらさっき電話している時に奥の方でカチャカチャいっていたから、その時に桂木が片したのかもしれない。悪いことをした。俺が汚したんだから俺が片付けるのが道理なのに。せめて手伝えばよかった。緊急時で焦っていたとはいえ、食器だってそれなりに高い。昨日洗剤等も落としたと思うから、かなりの惨状になっていて、掃除も大変だったはずだ。申し訳なさ過ぎて目を泳がせていると、「土曜の診療は大体午前中だけだから早くして」と急かされた。

そうだった。今日は土曜日だ。制服姿で外に出たら浮きそうだけれど、まあ仕方ない。急いで顔を洗い、さっき桂木から借りたフェイスタオルで顔を拭く。さっぱりして鏡を見たが酷い顔だ。元が、とかではなく、昨日泣いたせいで目元が腫れているのだ。

「顔洗えた?」

いつの間に背後にいたのか、桂木が鏡越しにこちらを見ていてちょっとびっくりする。服装が部屋着から私服に変わっていた。どうやら付いてくるつもりらしい。いやいや、いくらなんでもそこまで世話になる訳にはいかない。それも丁重に断ろうとしたが、すごく嫌な顔をされた。その歩き方では日が暮れるそうだ。やっぱり見られていたらしい。結局無表情での説得に耐えられず、付いて来てもらうことになった。なんだかんだで桂木は意外と面倒見がいいのかもしれない。

 幸い財布の中に入れっぱなしになっていた診察券と保険証のカードがあったため、すんなり病院へ向かう事ができた。病院へ向かうのに桂木のチャリの荷台に乗せられた。足を車輪の真ん中に掛けられないためダイレクトに尻を打ち付け地味に痛かったが、足の痛みに耐えながらペンギン歩きで病院へ向かうよりかは幾倍もマシだ。桂木の心遣いが有難い。

 その後病院へ着き、外科の先生に「あらー」なんて言われながら再び足の裏をピンセットでぐりぐり抉られた。まだ足の裏にガラスの破片が残っていたらしい。すごく痛かった。もう、毛穴という毛穴から脂汗を吹き出し、おまけに涙と鼻水もちょっと垂らしてしまったくらい痛かった。プルプル震えながらも悲鳴を上げなかった健気な俺を誰でもいいから誉めてほしい。どうして足の裏ってこんなに痛みを感じるのだろう。かかとや指の方に刺さっていたならまだ我慢ができた。だが破片がガッツリ刺さっていた大半は土踏まずだった。なぜだ。土踏まずなんだから土を踏むなよ俺の足。しかもなんで両足なんだ。痛すぎて頭が真っ白になった。

 診療後、ふらふらしながら診療室から出てくると、桂木が俺の頭を撫でてきた。「頑張ったね」と囁かれる。ギョッとした。天変地異の前触れかと思った。たぶん桂木にそうさせるくらいに俺が憔悴しきっていたのだと思う。なんかあれだ。産後夫に励まされる妻の気分。診療、頑張って耐えてよかったなと少し目が潤んだ。




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