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きみのためなら死ねる。
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しかし参った。電話に出てから説教の勢いがちっとも衰えない。これはもう完璧にお説教モード、スペシャルコースだ。


――母さんの説教は、とにかく長い。まずは直接的に俺の過ちについて怒涛のごとく責められる。次いで出来のいい従兄の兄ちゃんと俺の違いに話題を移し、時折幼少の頃の話まで蒸し返しながら俺のプライドを粉々に粉砕する。それにある程度区切りがつくと、今度は私的な鬱憤を交えた社会情勢の悪点を指摘し始める。そして街頭演説する政治家も裸足で逃げ出すような毒を吐き終えると、また俺の不手際についてのお咎めに話がループする。まるで悪質なクレーマーのようにねちねちとしたお小言だけれど、悔しいことにそのお小言の大半は正論だ。まったくもって頭が上がらない。

今回は電話をはさんでの説教のため、正座させられていないのが唯一の救いだろうか。実際に対峙すると、さながら留置所で行われる拘留のようになる。あいにくカツ丼は出ない。

『だいたいね、何のために携帯持たせてると思ってるの!? 電話に出なきゃ、意味ないじゃない! 携帯電話から“電話”を取ったらどうなるかわかる!? ただの鉄くずよ!』
気が遠くなった。

 「うん」とか「ごめん」とか目を泳がせながらひたすら相槌を打っていると、ちょいちょい、と制服の裾を引っ張られた。そちらを見やれば、桂木が右手をこちらに出しながらなにやら意味ありげに頷いていた。はて、と首を傾げると俺の携帯をその手で指差した。

換われってことだろうか。
俺はんなことできるか、と右手を振って換わってやれない旨を必死にアピールする。しかしあっという間にするりと携帯電話を奪われてしまった。
そして熱を持ち始めた俺の携帯を、その綺麗に整った顔の横に付いている右耳にぴたりと当て、ホストも真っ青な笑みを浮かべた。

「突然すみません。お電話換わりました、新井君のクラスメートの桂木と申します」
「か、桂木…!?」

俺は桂木の豹変ぶりに声を抑えることができなかった。“好青年”。今の桂木を形容するならまさしくそれだった。驚いている間にも桂木はスルスルと言葉を紡ぐ。なんだこれは。なんだこの声は。いつもの愁いを帯びた気だるげな桂木はどこへ行ったのか。耳に入る情報は声だけのはずなのに、その声からはイケメン臭が滲み出ていた。俺と同じ高校生のとは思えない、胃がきゅうっとして頬の筋肉がゆるんでしまうような声音だ。フェロモンさえ出ている気がする。

「マジかよ」
思わず独り言を漏らす。

しかし、驚きと共に湧きあがるこの敗北感はなんだろう。俺はなぜ落ち込んでいるのだろうか。
動揺を隠しきれないまま桂木を凝視するが、当の本人は素知らぬ顔だ。

「はい、――すみません。僕が新井君を怪我させてしまって…。――いえ、これは僕の責任ですので、今から病院へ向かうところです。…はい――」

『僕』『病院』『新井君』

形のいい唇から零れた聞き覚えのない単語に、
「僕ってなに」
「病院ってなに……!」
「新井君ってなに! てか、俺の事知ってたの!?」
と頬を引き攣らながらも懸命に小声で反論する。すると桂木は、男前のはずなのに美しくさえあるその美顔に、緩く笑みを浮かべたままチラッとこちらを見た。そして、綺麗に弦を描いたその薄い唇にすらりとした人差指をそっと当て、笑みを深めた。

――きゅん。
じゃなくて…!



それから桂木は、その声と、そこから滲み出るイケメンオーラと、巧みな話術でもって、あれよあれよという内に俺の母親をがっつりたらしこんだ。「ほら」と桂木が俺に携帯を返す頃には母さんはといえばすっかり骨抜きになっていて、『んふふ、今度桂木君、うちに連れてきなさいね?』なんて言っている始末だった。語尾にハートマークが付いていた気がしたが、あれは錯覚だと思いたい。

それはそうと、俺が通話ボタンを切ったと同時に、頬杖をついてこちらを見ている大恩人の桂木に向け、「ありがとうございました桂木様!」と布団上で土下座をしたのは、決して大げさなことではなかったと思いたい。




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あきゅろす。
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