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きみのためなら死ねる。
1

 夕暮の空をフレームに収める。
 梅雨独特のじっとりとした空気とは裏腹に、懐古地味た気分に浸れるその光景は、見ていて結構心地いい。

 晴れた日の放課後は大抵この屋上に来ている。うちの高校の屋上は施錠されていないから、下校時刻ギリギリまで出入りが可能だ。生徒も昼休みくらいしか来ない。だから、写真部部長兼、副部長兼、財務兼、主務の俺にとって、ここは絶好の活動スポットだ。
 シャッターを切る。

「誰だ」
「……、…?」

 いきなり後ろから男の声が聞こえて、声をあげそうになった。反射的に振り返ってみたけれど、誰もいない。ところどころ苔が生え、黒ずんだコンクリートが広がるだけだ。声は少し遠くから聞こえたから、たぶん、階段へ続くドアのある建物を隔てた向こう側に誰かがいるんだろう。こんな時間に誰だろう。部活のない一般生徒は、もうとっくに帰っていてもおかしくないくらいの時刻なのに。

 確認のために、壁際へ近づいた。確認っていうのは、この先にいるだろう誰かが、“不良か”、“不良じゃないか”の確認だ。うちの高校は結構田舎にあって、偏差値もあんまり高くない。だからってわけじゃないんだろうけれど、パシリとかカツアゲとかしちゃうような生徒が何人かいる。らしい。実際にそういうことをやっているところは見たことがないけれど、ちょっと怖そうな雰囲気の生徒はたまに見かける。そういう時はいつも遠回りしてでも避けるようにしているから、この確認は俺にとってはかなり重要なミッションだ。確認して、もし怖い感じの生徒だったら、悔しいけど、ここでの活動はやめよう。

 大丈夫、大丈夫だ、と心を落ち着かせて、くすんだクリーム色の壁際から、そっと顔を出した。

「……?」

 やっぱり誰かいた。のは、いいんだけれど、その“誰か”は手摺りの向こう側にいた。学ランを着ているから、生徒だ。あっちを向いていて顔は見えない。
 なにをしているんだろう。あそこ、危なくないか? さっきからじっと下ばかり見ているし。下になにかあるんだろうか? 
よく見たら、“誰か”は上靴も脱いでいる。靴を脱いで屋上にいるなんて、まるで、飛び降り自殺をする人みたいだ。
まるでというか、まるっきり――。

「……え、嘘。ちょっ、待って、や、やめろ!!」

 衝動的に壁際から飛び出したら、“誰か”が振り返った。目が合う。見覚えのある顔だ。いや、見覚えがあるなんてもんじゃない、あいつは、同じクラスの……、

「か、桂木!? お前、何してんだ!? 危ないから、やめろ!」
「何を?」
「は、…」

 何をって、そんなの決まってる。“自殺”をだ。ここは5階だ。落ちたら、落ちたら、きっと死ぬ。

 想像もしたくもないようなシーンが頭に流れて、俺は震えあがった。
それで、気が付いたら足が勝手に駆けだして、桂木の腕を掴み、抵抗する桂木を無理矢理手摺りの内側に引っ張り込んでいた。桂木は俺よりも背が高くて重いと思うから、たぶん5分はかかった。何度かヒヤリとした場面もあったけれど、とにかく、桂木が飛び降りる前にこちら側に来させられてよかった。

「…はぁ、……はっ…」
「……、…」

俺ほどじゃないけれど、桂木も息を切らしている。かなり強引に引っ張り上げたから、相当疲れたみたいだ。俺と同じようにしゃがみこんで、怒るか泣くかしそうな顔で地面を睨んでいる。全然こっちを見ない。俺のことなんか視界にも入れたくない。そんな感じだ。

 それに無性に腹が立って、俺は桂木の襟首を掴んだ。俺の荒い息で桂木の前髪が揺れるほど顔を近づけているのに、意地でも俺の目を見ない。桂木の背景に茜色の夕日が沈んでいるせいか、安い青春ドラマみたいだ。こんな青春ドラマ、願い下げだけど。

 俺は一度大きく息を吸い込んで、目の前の仏頂面を怒鳴りつけた。

「お前、馬鹿じゃないの!? 何してんの!?」

 桂木は微かに眉間にしわを寄せるだけだ。ムカつく。人がこんなに必死になっているのに。襟首をつかむ手が震える。声も震える。今更怖くなるなんて。それもこれも全部、この桂木のせいだ。

「なあ、聞いてんの…!? お前、なんで…!」
「――ない」
「……は?」
「お前には、関係ない」

桂木はそう言って、俺の手から襟首を乱雑に外した。そして、手摺りの向こう側に揃えてあった上靴をもぎ取り、早足に階段へと続くドアの向こうへと行ってしまった。鉄製のドア特有の、バタンと閉まる重々しい音が屋上に空しく響く。俺はその間、桂木を咎めることも、立ち上がって追うこともできずに、ただ茫然としゃがみこんでいた。重く閉じたドアの音が、やけに耳に残った。



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