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ショート・ストーリー
7

紅茶には睡眠導入剤を2、3錠を入れた。
流石に味が変わるかもしれないと思って、誤魔化すためにブランデーを多めに加えたが、結局はアルコールが薬の作用を強めたようだ。
悠人は壱花も内心驚く程、あっさりとベッドで眠ってくれた。
疑い出して、もしかすれば抵抗して暴れるかもしれないと構えていたが……
とはいえ、あくまで睡眠「導入」剤だから、薬が作用するのは眠り始めるまで。
多少残ってはいても、きっとこの後の行為で嫌でも目を覚ますはずだ。

「準備、しなきゃ」

ぽつりと呟いて、壱花は浴室に向かった。
何せ高校以来だから、緊張している。
でも、あの頃苦痛でならなかったことも、今ならまだ幸せに思えた。
あの人の為に、慣らすんだから。

あの人の何もかもを呑み込むんだから──


──────


ズルズルと、身体に纏った布が取り払われていく感触を覚える。
服を、脱がされてる?

ぼんやりと目を開ければ、見慣れない天井が悠人の目に映った。
閉められたカーテン越しに、茜色の光が部屋の輪郭を浮かび上がらせている。
夕方であることは、一目で分かった。
そういえば、壱花の部屋で寝ていたんだった。
──どうして。と思い至った時、悠人はハッと息を呑んで大きく目を見開く。

「壱、花っ……!?」

そして悠人に馬乗りになって、彼のシャツを床に落とした── 一糸纏わぬ壱花の存在にも気づいた。
信じられない光景に、悠人の頭は早々に混乱状態へ陥っていた。

何だこれは。
何がどうなっている。

「悠人さん……」

壱花は熱に浮かされたような目で、悠人をひたと見つめていた。
薄く開いた唇は濡れて、僅かに乱れたような呼吸音が悠人の耳に届く。
全身が白い陶器のように滑らかそうで、瑞々しい。
顔から肩へ、胸へ、腹へ。
そうして必然的に見てしまうのは、その下の秘められた部分だが……淡い茂みの中のそれが反応している様子は無かった。

「何、やって」

壱花の顔に向かって手を伸ばすが、その手は壱花の手に逆に絡め取られ、頭の上でベッドに押し付けられた。
反対側の手も同様に捕らえられて、悠人は壱花に覆い被さられるように見下ろされる。

「本当、僕には甘いよね」

妖しく微笑む壱花。
こんな彼は、一度として見たことがなかった。
本当に壱花なのか。
そんなことまで頭に過ぎってしまった。

「”僕がやった”って気付いたから、ここに来たんでしょ?」

”やった”って、何を。
ここに来てまで惚けようとする心。
だがそれとは裏腹に、水面下ではほぼ同時に答えを導き出していた。
信じたくはなかった。
けれど、やっぱり……

「壱花がやったのか……?全部?……どうして?」
「どうして?……はは、そっか。悠人さんには分かる訳ないよね」

ふと掴んでいるその手が、微かに震えていることに悠人は気付いた。
壱花は何処か挑発的にすら笑っているが、この震えは果たして抑えきれない緊張か、興奮なのか。
悠人は今、上の服を脱がされただけで、拘束具の類は一切着けられていないらしい。
逃げようと思えば、逃げられる。
けれど壱花が、どうしてこんな事を自分にしたのか。
それだけはどうしても聞き出したかった。
あんなに可愛がっていたのに、何で悠人を苦しめるような真似なんか──

それとも、”バレた”のか?

「僕はね……悠人さんが好きなんだ」
「え……」

しかし、思い掛け無い言葉に悠人は大きく目を見開く事になった。

「ああ。気持ち悪いとでも、何とでも言っていいよ。僕でさえおかしいと思うから」

大概にして欲しいね、全く。
自分に対してゴチるように、壱花の笑みには自嘲的なものが混じる。

「悠人さんが僕と初めて会った日は、覚えてる?……あの頃の僕は、死んだ伯父と友人達に──レイプされてた」
「───」
「驚いた?そりゃあそうだよね。まさか隣の友達がいつも男に犯されてたなんて。悠人さんにも、警察にも、誰にも言わなかったし。笑えない話だ。……伯父が死んだ高2の夏まで、何度もマワされてたよ。カメラで一部始終、全部撮られたこともあった。3人に犯されたこともあった。分かる?親戚の男に身体割り開かれて、好き勝手なこと言われて、何もかも蹂躙されていくんだ。……本当に、苦しかったよ。触られた所からも身体の奥からも自分が汚れていくみたいで、怖かった。辛かった。伯父はいつも上手く両親を丸め込んだし、僕もバレないように必死で隠してたから、味方なんて誰も居なかった。……でもね」

悠人さんが僕のこと、温かく迎え入れてくれたから。
だからまだ、まともでいられたんだ。

「壱花……」
「悠人さんは知らなくてよかった」

悠人はそっと呼び掛けた。
けれど壱花は声を遮るように、言葉を続ける。
その壱花の目が切なげな光を灯した。

「僕が汚れた人間なんて知ったら、もう普通には接してくれなかったでしょう?何も知らなくても、悠人さんはずっと僕に優しくしてくれた。それで、良かった。こうしていられるなら、本当はずっと”友達”のままでも良かったのに……──」

女なんて、作るから。

声が、昏く澱みを帯びた。
それに気づいた悠人は、だがそれでも動かずに壱花を見上げていた。

「悠人さんにあの女……真奈美だっけ?紹介された時は本当に、胸くそ悪かったよ。腸(はらわた)が煮え繰り返りそうなんて言葉があるけど、正にそんな感じ。あれから気づいたんだ。僕は悠人さんが好きなんだって。男に犯されたせいで、おかしくなったのかも。でも僕にはやっぱり、悠人さんしか居ないんだ。悠人さんが好き。……僕が株やちょっとした会社立ち上げたり、マンション買ったのは知ってるよね?全部悠人さんの為だよ」

悠人さんのパソコンにわざわざアクセスして、会社の重要書類を横流したのも。
あの女を遠ざけたのも。
同僚を歩道橋から突き落としたのも。
全部、全部。
悠人さんを僕の物にする為。
もう誰も触れないように。

……あぁ。ご両親にはお世話になったお礼も兼ねてるから、安心して。
スマホも、今頃もう繋がらなくなってると思うよ。
それに僕から逃げられても、もうこの部屋からは出られない。
暗証番号でロックしてる……ふふ、悠人さんに殺されても言わないから諦めて。



もう、逃がさないんだから──



「ねぇ、分かる?僕が今まで、どれだけ悠人さんを想ってきたか。悠人さんのためなら、僕は何だってやれる」
「………」
「僕なら、一生悠人さんを愛していられる。お金に不自由ない生活だってさせてあげられる。悠人さんが、他の誰かに触られるなんて許せない。だから、」
「ふ……」
「……え?」

不意に、悠人の唇から吐息が零れた。
溜息ではない、短く鋭い吐息だった。
次第に悠人の唇が歪に釣り上がる。

「く、く……はははは」

抑えきれないと言いたげに肩を揺らして、笑い声を零していく。
もう悠人は少しも動揺していなかった。
壱花は悠人の突然の豹変振りに驚きを隠せず、ただその場で呆然と彼を見つめていた。

「はははははっ……!」

一頻り笑った悠人は、「なんだ……」と納得したように呟いて、笑みの残る顔で壱花を見上げた。

「そういうことだったのか」
「………え」

……そういうことって。

「壱花」

悠人は名前を呼んだ。

「愛してる」

今度こそ自失とした様子の壱花の身体に腕を回すと、悠人はくるりと上下の位置を器用に交代して、壱花に覆い被さった。
壱花は逆にベッドへ押さえつけられて、何か得体の知れない恐怖を覚えながら悠人を見上げる。

「……どうして、」
「壱花が俺を煽ったんだ。……せっかくセーブしてたのに。それを滅茶苦茶にしやがって」

歪んだ笑みを浮かべて、乱雑に言葉を吐く悠人。
急にあの優しい悠人が、壊れてしまったかのように。
違う、こんな悠人は知らない。
蒼白になった壱花の左頬を、悠人の手がスゥっと撫でる。

「この際だから教えてあげようか」

悠人はトドメに囁きを──誰も知らない真実を、その耳に注いだ。

「壱花の伯父さん。あれ、事故死じゃないんだよ」
「え……」
「伯父さんは殺された」

誰に、と聞くのは憚られた。
だって、この流れではどう考えても──

「……殺したのは、」



俺だよ。




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あきゅろす。
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