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ショート・ストーリー
6

部屋にインターホンが鳴り響いた。
モニターを確認すると、マンションの入り口には硬い表情をした悠人が立っている。

「どうぞ」

入り口のロックを解除して、壱花は彼を招き入れた。

「──今日はどうしたの?」

紅茶を2人分、マグカップに注ぎながら訊く。
悠人は「いや……」とぎこちない声で答えた。

「最近連絡が無かったから、気になってたんだ。来てくれて嬉しい」

壱花はマグカップをテーブルに運んで、悠人に微笑み掛ける。
嘘は決して言っていない。
実際、来てくれてとても嬉しい。

──この様子を見るに、悠人は多分勘付いたのだろう。

なんて分かりやすい反応だ。
向こうから来てくれたお陰で、こちらも幾らか手間が省ける。

「そうか……最近、連絡取って無かったもんな」

曖昧に笑う悠人は、170cmの壱花よりも頭の半分は高い。
人好きのする整った顔立ちに、しっかりした男の身体つきをしている。
壱花は華奢でよく女に間違えられてしまうから、いつも悠人の容貌を羨ましく思っていた。

「大学の友達と話すより、悠人さんと話す方が楽しいから」

正直に思っていることを口にすれば、悠人は微かにたじろく気配を見せた。

「ちゃんと同年代の付き合いは大切にしないと」
「それ言ったら悠人さんだって、同年代になるじゃん」
「俺は一足先に”おっさん”世代になるから」
「何それ」
「小・中学生から見て、25を越えたら”おっさん”なんだって」

そんな他愛もない会話をしつつ、悠人は紅茶に口を付けようとして、芳醇な香りに気づいた。

「これ……」
「ああ。ブランデーも少し入れてみたんだ」
「へぇ……お洒落なことするなぁl」

口に含んでみると、思った以上にブランデーの風味が強い。
……入れすぎじゃないか?

「でも25は流石に早すぎるんじゃない?僕、20歳越えても未だに大人って気がしないよ」
「あぁ。それは今でも俺そうだよ」
「悠人さんは充分大人だと思う」
「そう言ってくれるのは壱花だけだろうな」

二口、三口と紅茶を啜る。
時間が経つにつれて、少しずつ熱も取れてほんのり温かいぐらいになるマグカップ。
半分以上胃に収めた頃になって……ふわりとした眠気が悠人に訪れた。
……酔った?
いや、紅茶に入れた程度なんて知れた量のはず。
疲れているのだろうか。

「……眠たそうだね」
「ん……」
「何か、本当に酔っ払っちゃったみたい」

……まさか睡眠薬なんて、な。
そんなことある訳がない。

一瞬頭を過ぎった考えを、冗談めかしてそっと打ち消した。

壱花に限って。
ナイナイ。

けれど悠人の考えとは裏腹に、眠気は異様な早さでどんどん膨れ上がっていった。
羽のように軽い感触であったものが、次第に重くなって、浮遊感にも似た、くらくらしたものに変わっていく。
酒に酔ったともまた違う……ああ、これは。

違う、これは普通の眠気じゃない。

悠人が漸く悟った時にはもう、瞼がまともに持ち上がらなくなっていた。
立ち上がろうとしても、変に力が入らなくてぐらりと身体が傾ぐ。
結局また椅子に逆戻りすれば、壱花が心配げな表情で「……大丈夫?」と聞いてきた。
様子がおかしい。壱花を疑え。と理性は命令するが、全く悪気の窺えない壱花を見ていると、疑いの念なんて起きてこない。
明らかに異常な状況に違い無かったが、濃い靄が掛かった頭では何が危険なのかも分からなくなりつつあった。

「ねぇ。絶対疲れてるよ。……ちょっとベッドで横になったら?」
「………」

何も言わない内に、壱花がそっと悠人の身体を支えるようにしてもう一度立ち上がらせた。

おかしい。おかしい。おかしい。

「いち、か」
「大丈夫。疲れてるんだって」

ふらふらとした足取りで、壱花に連れられて寝室へ行く。
そうしてついにベッドへ座らされても、悠人はされるがままに寝かしつけられた。

「おやすみ、悠人」

優しく囁きかけられる。
ベッドの感触はとても心地良かった。
身体まで眠る為の体勢にされれば、睡魔はあっという間に悠人を呑み込んだ。
強引に引きずり込まれて、悠人は気絶するように眠りに落ちたのである。

……抵抗しようと思えば、出来ないことは無かった。
強烈な眠気に押し潰されていても、僅かに動ける意志が残っていたからだ。
それが未だに、弱々しくも危険信号を発していた。

それでも頑なに壱花を疑わおうとしなかったのは。



──壱花ヲ、愛シテイルカラ





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あきゅろす。
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