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ショート・ストーリー
5

少しは、感謝して欲しいものだと思う。
壱花も色々と考えたのだ。
いっそ肉体的な暴力を与えたっていいとさえ思った。
この話に男も女も関係ない。
あの柔らかそうな頬を一発でも殴ったら、さぞかし気持ち良いことだろう。

けれど結局、壱花は精神的な攻撃だけで済ませることにした。

ローリスクで済ませたかったのと、ほんの僅かな”情け”である。
よくある、典型的な罵り言葉を書き殴って、『北原 悠人に近づくな』と書いてやったら、それで完成。
貼るだけで魔法のように、あの女は何処かへ姿を消した。
まぁ、誰かも分からない人間から突然こんな気が狂ったようなことをされれば、誰でも恐ろしいだろう。
壱花が警告した通り、女は悠人と連絡を取らなかった。
悠人のスマホから盗み取ったメール履歴や電話履歴にも、名前が載らなくなって久しい。
これでもし連絡を取ろうものなら、更なる手段も考えただろうが、自分から離れてくれた今となってはもうどうだっていい。
今回の不幸をネタに、何処かのお優しい男にまた可愛がって貰ったらいいのだ。
悠人みたいな優しい男は、きっと沢山居る。

でも、悠人だけは駄目だ。
壱花にとっては、悠人の代わりは何処にも居ない。

「……マツダ トモアキねぇ」

壱花はパソコンのメール画面を見て、ボソリとその名を呟く。
例の、悠人の同期だ。
会社で謹慎命令が出てから、この件については彼にしか相談していないようだ。
メールの文章でも分かるぐらい、松田は気の強い性格をしている。
彼を黙らせるには、あの程度の嫌がらせでは動じないだろう。
もっと、直接的な手段を。

もう、誰も彼に触れないように。


──────


営業回りに出ていた松田は、取引先の会社を出て、すぐ近くのカフェで昼食を摂ろうと歩道橋を登った。

悠人に謹慎命令が出てから、2週間以上が経つ。
未だに、事の進展は無いようだった。
パソコンは”ウィルス”を介して乗っ取られていたのかもしれないとか、でも犯人の見当がつかないとか。
聞くだけで頭の痛い状況報告ばかりだ。
一向に解決の糸口は見つからない。
それでも彼の人柄が功を奏してか、社内では松田と同じく「本当にあの悠人がやったのか」と疑う人は多かった。
味方はどうも多いようだから、後、は──

ドンッと腹を押された。
横を追抜きざまに、誰かが。
フードを被っているのが見えたが──それだけだった。
次の瞬間、松田は階段を転げるように。

落ちた。


──────


「……お前がそんな顔するなよ」

命に別条は無かった。
歩道橋の階段から落ちたという知らせを受けた悠人は、すぐ様病院に駆けつけた。
その時には松田ははっきりと意識を取り戻していたが、頭や左腕、右足首と至る所に包帯を巻かれ、ギブスも嵌められていた。
恋人のみならず友人にまで、危険が及ぶなんて。
悠人は最早、松田の顔もまともに見られなかった。

「………」
「誰かに突き落とされた」

松田はポツリと告げた。

「フード被ってやがったから顔分かんねぇけど……多分、アレ。男だ」
「うん……」

そうかもしれない、と悠人は確信めいたものを抱いていた。
歩道橋、と聞いて思い浮かんだ人物が居たのだ。

「……松田」
「ん?」
「心当たりが、あるかも」
「……ホントか!?」
「分からない。でも……」

悠人はスマホを握った拳を、ぐっと握り込んだ。


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