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ショート・ストーリー
2


壱花にとっての中学・高校時代はまさに暗黒といっても良かった。
線の細い身体に、女の子のように人形めいた顔立ちをこれほどまでに呪ったこともなかったと思う。
その頃の壱花は、伯父とその友人達によって度々レイプされていた。
どうして伯父が男の自分に欲情してしまったのかは、未だに分からない。
友人達には流石に甥とは言わなかったらしいが、それでも年端もいかない少年を犯す嗜好は正に変態的と言って良かった。
口止めするのに最中の写真を撮られたこともあるし、3人掛かりで壱花に群がるところをビデオカメラに収められたこともある。
両親にはもちろん、誰にも打ち明けることが出来なかった。
家にも余り居つけなくなって、特に犯された後は誰にも会いたくなくて、独り夜の公園で時間を過ごすようになった。
両親は最後まで何も知らなかった。
壱花も知られないようにするのに必死だったし、伯父は壱花を連れ出す度にいつも上手い訳作ったからだ。
そのどれにも両親は納得して、壱花を快く送り出した。
助けて欲しかったのに、両親は最早壱花を守ってくれる存在ではなかったのである。
多分、誰も助けてはくれないのだろうと思っていた。

そうして中学3年の夏。

篭るような熱気の中で、夜の公園のベンチに座り込んでいると……声を掛けられた。

「こんな所に居たら危ないよ」

壱花より歳上であろう若い男が、心配そうに壱花の顔を覗き込んだ。
それが、北原 悠人との出会いであった。


──────


『……もしもし』
「もしもし。悠人さん?」

ごめん、間違えて電話しちゃったんだ。と白々しく嘘を吐く紅い唇。
お仕事中だったよね、と聞いてみれば、案の定電話の向こうで沈黙された。

「……悠人さん?どうしたの?」
『……ごめん』
「え?」

それだけ言って、悠人は電話を切ってしまった。
耳から降ろしたスマホには『通話終了』の文字が。

……壱花の唇に、スゥッと笑みが浮かぶ。


──────


おかしなことが起こった。
度々実家に行ったが、何故か両親は留守にしている。
それでも玄関の花壇で花は生き生きと咲いているから、少なくとも母は居るのだろうと思っていたが。
電話も何故か毎回電源が落ちているのか、繋がらない。
不審に思って馴染みのお隣さんに聞けば、花の水遣りを頼まれていたらしい。
そして、驚くような答えも一緒に返ってきた。

「やだぁ。悠ちゃんが豪華客船の世界一周旅行、ご両親にプレゼントしたって聞いたわよ」
「……は?」

何、だって?

「こんなに親孝行な息子さんで、おばちゃん羨ましいわぁ」

お隣さんは呑気にころころ笑っているが、悠人の顔は強張っている。

「今……何て?」

もう一回聞き返さずにはいられなかった。
……こんな突拍子も無い話があって堪るか。
しかし答えはやはり同じで。

「いつの話ですか?」
「丁度1週間前からお留守だけど……やだ、悠ちゃん。あなたじゃないの?」
「俺じゃないです。そんなこと……あの、両親から連絡先って聞いてますか?」
「ちょっと待って頂戴」

1週間前といえば、丁度悠人が謹慎を言い渡される2日前だ。
お隣さんも状況を理解すると、流石にこの不穏過ぎる匂いを感じ取ったのだろう。
悠人に言われるまま、すぐに連絡先を書いたメモを持ってきてくれた。
スマホの電話帳と見比べるまでもなく、全然違う電話番号だ。

「海の上だから、普通の携帯じゃ繋がらないらしいのよ」
「……事務所の電話番号ですか」

何なんだ。
こんな馬鹿げたことがあるものなのか。

一先ずお隣さんに礼を言って別れると、悠人は車に乗って件の事務所に電話を掛けた。
もし詐欺や犯罪グループであればどうしようとも思ったが、電話はあっさり繋がって、事務所の方で船と連絡を取り次いでくれた。
両親は今、スリランカ付近を通過しているらしい。

「もしもし、母さん」
『ああ、悠人!急に世界一周旅行なんてプレゼントしてくれたから、本当に驚いたのよ!ありがとうね、父さんも喜んでるわ』
「……そう」

本当に、世界一周旅行を満喫しているらしかった。
悠人は一度たりともこの件に関わっていないというのに……何て能天気な2人だ。
少しも疑いを持たなかったのか。

「その話したの、いつだったっけ?」
『2週間ぐらい前じゃなかったかしら』
「正確に教えて貰っていい?」

悠人は硬い声で言った。
母はしばらく電話から離れると、やがて自分のスマホを持って戻ってきたらしかった。
それによると15日前、”悠人のパソコン”からメールで伝えたことになっていた。

……まただ。

『……悠人。何かあったの?』
「いいや、何でも無いよ」

旅行、楽しんでね。
それだけ言って電話を切った。
両親はこの後30日は帰ってこないらしい。

車の中で、悠人は頭を抱えるしかなかった。
豪華客船のクルーズ?
どう考えても大金の動く話だ。
一体誰が、何のメリットを見出してやっているのか。
何故両親を遠く離れた地へ旅立つように仕向けたのか。

……全くもって、意図が読めなかった。


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あきゅろす。
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