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小説
[バレンタイン2011]


「ねぇキョン、何作るの?」

「痛っ…何の話だ?」


昼休みあとの数学の授業中

暖房の効いている教室で、そろそろ睡眠学習にでも入ろうかと思っていた俺を現実に引き戻したのはハルヒの声と、プスリと背中に刺されたシャーペンの痛みだった

「はぁ?何の話だじゃないわよ。チョコレート!明日はバレンタインじゃない。」

「ん。あぁ、もうそんな時期か。…ん?何故バレンタインに男の俺がチョコレートを作らにゃならんのだ?というか誰に…」

「はぁ!?バッカじゃないの!?古泉くんに決まってるじゃない!」

ハルヒの突然の罵声にクラスメイトがこちらを振り向く

「なっ…ちょっ、ハルヒっ…!声がでかいっ……」

「とにかく!今日はSOS団の活動は中止!あんたはチョコレートを作るのよ!感謝しなさい!あんたがちゃんと作るかどうか、このあたしが監視してやるわ!」

クラス中の視線を全く気にせずハルヒはそう叫んだ

「わっ…、わかったから…、わかったから…!」

俺とハルヒに注がれるみんなの視線に耐えられず、俺は下を向き真っ白なノートを一心に見つめていた


――――――――――――――――――――


俺と古泉は付き合っている

まぁいろいろあってハルヒにだけは知られてしまったのだが、それについてはまたいつか話すことにしよう


「キョンくーんっ。どうしてケーキ作ってるの?」

「バレンタインだからに決まってるじゃない!キョンは古泉くんに」「あーっとこれはだな!えーと、こ、今度家庭科で調理実習のテストがあるから!ハルヒに教えてもらってたんだ!そんなことより、お前は宿題でもやってきたらどうだ…っ?」

「?、変なキョンくんっ。」

たっ、と部屋へと戻って行く妹の後ろ姿を見送って、ふっと胸を撫で下ろす

「ハルヒ、お前な…」

「キョンっ!焼けたわよっ!なかなか美味しそうじゃない!ほらっ!」

満面の笑みで突然差し出されたケーキに目を向けた

妹に古泉との関係をばらされそうになった苛立ちなどどこかへいってしまう


…なかなか、うまそうじゃないか。

 あげたい、古泉に…。


「あ…、ありがとな。ハルヒ。」

いいのよ、ときらきらした笑顔で答えるハルヒは俺にラッピングをするよう促してくる

ハルヒがさっき買っていたピンク色の箱やリボンの付いた袋で包装していると、俺なんかがこんなかわいらしいラッピングをして渡したら古泉は気持ちが悪いと思うんじゃないかという不安がよぎるがあいにくデパートはもう閉店している時間だ


やっぱりあげるのやめようか、とか、手作りなんてひかれたらどうしよう、とか、

 でもやっぱり古泉にあげてみたい、…とか。


そんなことばかり繰り返し考えて、俺はなかなか寝つくことができなかった


…、ばかばかしい…何気持ち悪いこと考えてんだ、俺は……。


――――――――――――――――――――


バレンタイン当日、俺はリボン付きのかわいらしい袋を、ごくシンプルな袋に入れて鞄の底に隠していた

谷口や国木田に見つかれば、誰から貰ったのかしつこく追求されるだろうから

あいつらに見つからなくて本当によかった、と俺が至極安心している部室には、古泉以外の全員が既に揃っていた

もうすぐ古泉がくる。
俺、髪型変じゃないか?
汗臭くないか?くそ、なんで今日に限って体育なんてあったんだ…。


そんなことばかり気になって落ち着かない


そわそわと前髪を気にしていると、にやにやしながら俺を見ているハルヒと目が合う

「なっ…!」

「すいません、遅くなりました。」


かぁっと頬が熱くなったのと、古泉が入ってきたのはほぼ同時だった

嫌でも目に入るくらい大量のチョコレート


ふいと目を逸らす


そうか、女子からチョコレートを受け取っていたからいつもより遅かったのか。当たり前だ。こいつはモテる。なにを今さらこれくらいで。
大丈夫だ、俺たち付き合ってるんだもんな?


傷ついていることがばれないように、眉間にシワを寄せてチョコレートの大量に入った袋をもう一度見直す

古泉は既に俺の正面に座っていた


「たくさん貰ったんだな」


大量のチョコレートに視線を向けたまま、思わずぼそりと呟いてしまう


「あぁ。僕は断ったのですが、どうしてもと言われてしまって。受け取らざるを得なかったんですよ。」


ふふ、と困ったような笑顔を見せながらそう答える古泉にイライラする


なんだよ…嬉しそうにしやがって…


眉間のシワを一層濃くして古泉の受け取ったチョコレートを見ているとあることに気がつく

シンプルな包装ばかりだ

袋の上層部にあるほんの一部しか確認できないが、どれもこれも落ち着いた雰囲気の袋や箱に入れられていた

あの袋の中に俺のを加えたら、明らかに浮いてしまうだろう


どうしよう、という思いが急に込み上げてくる


部活後にデパートで新しい包装紙を買ってから家に届けるか、そのまま渡しちまうか。それともこのまま渡さないでいようか…?


…ひかれる心配があるなら渡さないほうが安心じゃないか?


うん、渡さない方向でいこうと決めたところで、携帯に一通のメールが届いた


『あんた、まさか渡さないつもりじゃないでしょうね?』


…ハルヒからだ。

俺は渡さないというむねの返信をして携帯を閉じた。その時だった

「ちょっとキョン!こっちに来なさい!」


ぐいっと首根っこを掴まれて外へずるずると引きずり出されてゆく

「ちょっ、おいっ…ハルっ…」

「ふぇっ!すっ…、涼宮さんどうしたんですかぁっ…」

わたわたと慌てる朝比奈さんや驚いた様子でこちらを見ている古泉のことはお構い無しだ

長門、お前は相変わらず動じないな…。


――――――――――――――――――――


「どういうつもり!?」

ばんっ、と壁に押し付けられ、問い詰められる

「どういうって…やっぱり、おかしいだろ?男の俺が手作りのチョコレートケーキだなんて…それにお前も見ただろ?あんだけ大量に貰ったんじゃ、俺まであげたら逆に迷惑だ。どうせあいつのことだ、チョコをくれた女の子もさぞかわいい子たちだろうよ。」

自分で言っていて嫌になる

かわいらしい女の子からならまだしも、俺みたいな男から手作りの、しかもフリフリの袋に入ったケーキを貰っても嬉しくもなんともないだろう。むしろ少し気持ち悪いくらいだろうか


「なに言ってんのよ!このあたしが!部活動を休みにしてまで手伝ってあげたのよ!?渡さないなんてゆるさないわ!」「すいません、バイトなので失礼します。」


部室の外へがちゃりと出てきた古泉がそう言った。ハルヒが俺の胸元を掴んでいるせいでやたら距離の近い俺とハルヒを無表情でじっと見つめたかと思えば、すいません、とすぐに笑顔を浮かべてすたすたと歩いて行く


「なっ…ちょっとキョン!?早く追いかけなさいよ!」

「いや…でも、あいつ、これからバイトだって…」


ハルヒはもどかしそうに顔を歪ませ、「あぁ、もう」と小さく吐き捨てた

「んっとに!なに恥ずかしがってんのよ気持ち悪いわね!キョン、あんた自分だけが不安だと思ってたら大間違いよ!」


勢いよく部室に入って行き、すぐに出てきたハルヒの手には俺の鞄とコートが握られていた

それらをぐいっと押し付けられて背中を押される


「おっ…おいっ…」


「団長命令よ…早く行きなさいっ!」


「…っ、」

俺は急いでコートを着て走り出した

急いで校門を通り抜けて辺りを見回したが、もう古泉の姿はなかった



「まったく…あたしがなんのために手伝ったと思ってんのかしら…」


自分一人となった部室の前で、ハルヒはそう呟いて微笑んだ。


――――――――――――――――――――


とりあえず、古泉の家の前で待っていよう。


そう考えてゆっくりと歩き始めた


自分だけが不安だと思ったら大間違い。
ハルヒはそう言った

古泉も、俺のことを想って不安になることがあるというのだろうか…?

なんだかよくわからない

古泉は顔だけ見ればかっこいいし、女子にも相当モテる。不安になるなという方が無理な話だ

だが俺は。

顔は平凡、チョコレートなんて母親と妹からくらいしか貰ったこともないんだぞ?

こんな俺に対して、なにを不安になることがあるのだろう?


でも…やっぱりこれは、古泉にあげたい。


不安を取り除いてやろうとか、そんな傲慢な考えからではなく


古泉に、ありがとうございます、って言ってほしいから。


チョコを渡すことで、少しでも古泉の中の俺の割合が増えれば、
なんて下心が無いわけではない

むしろ昨日ケーキを作りはじめてから、実はそんな期待がちりちりと胸中にはびこっていたんだ。


…何こっぱずかしいこと言ってんだろうね、俺は。


渡した瞬間、嫌そうな顔をされたらどうしよう?

そのときは、妹に渡せって頼まれたから〜とかなんとか言って誤魔化せばいい


古泉のマンションのしたに着いてから結構な時間が経っていたが、そんなことは全く気にならない

さっきから俺の思考は、渡したい、でもひかれるかも、そしたら誤魔化せばいい、という一連の流れを、何度となくループしていた。時が経つのが遅いようで
異常に早い

ふ、と気がついてあせあせと髪の毛をチェックする

制服のシワを伸ばしてもう一度鏡を見て…
そうこうしているうちに聞こえてくる古泉の少し驚いたような声


「キョン君…?」

急いで鏡をしまって、声のする方を振り向く

「よ…よぉ。悪いな、家まで来ちまって…」

「いえ、それは全く構いませんが。どうかなさいましたか?」

首を傾げながら笑顔で問いかけてくる古泉の顔が直視できない

「いや…その、だな……」

もじもじとしている俺を不審に思ったのだろう。古泉が俺の顔を覗き込んでくる

「…キョン君…?」

それまでもうるさかった俺の心臓がより一層はねあがる

かっ…顔が近いっ!

ずいっと後ろに下がり古泉と距離をとってから、シンプルな袋にくるまった例の袋を、一気に鞄から取り出して古泉の胸に押し付ける

恥ずかしすぎて顔が上げられない

「あの!これ…やるよ…」


押し付けるようにしてチョコレートを渡したあとは、しばらくの間俺の脳みそは羞恥でわたわたとしていた

落ち着きを取り戻し、正常な判断ができるようになるまでは30秒…いや、実際はもっと短かったのかもしれない


そして、落ち着いてみれば痛いくらいの沈黙に気がつく

な、なんだよ…やっぱり気持ち悪かったのか…?


恐る恐る顔を上げ、ちらっと様子をうかがうと、袋をしっかりと握りしめたままぽかんとしている古泉と目が合う


「なっ…なんだよ……」

「これ…もしかして、チョコレートですか…?キョン君が、僕に…?」

なんだこいつ…驚いてんのか…?あれだけ大量のチョコレートをもらっておきながら、今さらなにを驚くことがあるんだか…。


「…おう…。」

そう小さく答えると、古泉は制服の袖で口元を隠した

「…古泉……?」


今度は俺が古泉の顔を覗き込むようにすれば、ばっと顔を逸らされる

「ちょっ…しばらく見ないでください…」


いや…なんだよそれ…


明らかに不審な古泉をじっと見つめて表情をうかがおうとする

なんだ…?こいつ…、笑ってんのか?


「妹に頼まれたんだ…。」


「はい?」


「だから、妹に渡せって頼まれたんだよ!安心しろよ、俺からじゃない。」


笑われたことが恥ずかしくて、悲しくて、気がつけば半ば叫ぶようにそう言っていた


「…あぁ、やはり虫がよすぎると思った……」

「は?なんだって?」

「いえ、妹さんにありがとうございますとお伝えください。では、また明日。」

古泉がマンションの中に入って行こうとした、その時だった


俺たち二人にかけられた大きな声

いつもの俺の悩みの種、涼宮ハルヒ。だったらどんなによかったことか…


たったったっと元気よく駆け寄ってくるそいつは今一番古泉に会わせたくない相手、俺の妹だった


「キョンくーんっ。あっ!古泉くんだぁ!」


血の気が引くってこういうことをいうんだな。一気に身体中から冷や汗が吹き出したのがわかる


「俺は今日古泉ん家で飯食って帰るからいらないって母さんに伝えといてくれるか?よし、行こうぜ古泉!」

とりあえず妹と古泉を離さなければ…!

ぐいっと古泉の肩を押して二人に会話させる隙を作らせまいと、一方的に古泉に話しかける。今日の授業中のこと、ハルヒの機嫌は最近どうだ、とか、とりあえずなんでもいい…!


「あ、あのキョン君…妹さんにお礼を…」

「あ?いっ、いいんだよ、俺があとで言っとくから!それでそのあと谷口がだな、」

「あの!妹さん!」

なっ…!

「チョコレート、ありがとうございました!」


きょとん、とした顔で振り向く俺の妹


やばい、と思った。
どうすればいい…?


「チョコレート?なんの話?あたし知らなーいっ。あ、でも、キョンくんは昨日ケーキ作ってたよね、古泉くんに!」


「え……」


ばいばーい!、と走り去って行く妹の後ろ姿を、初めて恨めしく思う


古泉の視線を痛いくらいに感じる。

なんだよ…どうせ気持ち悪いと思ってんだろ?
どうせ、俺、顔真っ赤だろ…?


――――――――――――――――――――


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。」


古泉の家の玄関。くすくすと含み笑いをしながらそう言う古泉の声が後ろから聞こえてくる。
俺は必死に帰ろうとしたさ。だが、半ば引きずられる形で連行されて今に至る


「…っ、うるせー…」


「耳まで赤くして……かわいらしいですね…」

「っ…、!」

後ろからぎゅ、と抱きしめられて、古泉の吐息混じりの声が耳朶をくすぐる

恥ずかしいやらなにやらで、俺は古泉の左手にしっかりと握られた俺からのチョコの袋をぼぅっと見下ろしていた

「これ、開けてもいいですか?」

これ…って俺のあげたやつのことか…?


別に…
そう言ったところで、はっと乙女チックな包装紙を思い出す

「やっ、やめろっ!俺が帰ってから開けろ!」

急に焦りだした俺を不審に思ったのか、袋を奪おうとする俺をひょいとかわし、リボン付きの袋をいとも簡単に取り出した


あぁ、あんまりじゃないか…なにも目の前で開けなくたっていいだろう?


ちら、と古泉の様子をうかがえば、ぽかんとした間抜け面で袋を見つめていた


「…俺、帰るな…」

いたたまれなくなって帰ろうとしたところで、後ろからぐいっと抱き寄せられる

「ふ…あははっ…!ほんと…あなたって人は…かわいすぎです…!」

どうしてこんなにうれしそうに笑うのかね、こいつは…

「ねぇ、一緒に食べませんか?」

そう優しく言われれば、俺は小さく頷く以外できなかった


――――――――――――――――――――

「さぁ!キョン!昨日の熱くて甘ー…っい詳しく話を聞かせてもらおうかしら!」


二月十五日の始業前。

俺が教室に入ると、待ってました!と言わんばかりのハルヒが目を輝かせていた

「別に…よろこんでたよ、ありがとな。」

「はぁ?あたしは詳しくって言ったのよ!詳しく!まったく、なんのためにあたしがチョコ作るのを手伝ったと思ってんのかしら…ちゃんと教えてくれなきゃ書けるもんも書けないってーの…」


……はぁ?


「おい、ハルヒ…書くとかなんとか…なんの話だ…?」

こいつがなにを企んでいるのか、大方予想はついた。
プランを聞くくらいならしてやろう…


にぃっ、と満面の笑みを浮かべたハルヒは意気揚々と大声で話し始める

「2人の純愛ノンフィクションをあたしが書くの!最近の恋愛物ってどーもリアリティーに欠けると思うのよね〜。あたしが書いた方が絶っ対おもしろいものができると思うの!だから昨日の一部始終、全部詳しく教えなさいっ!」


…プランを聞くくらいならしてやろう。
死んでも阻止するがな。

あぁ、クラスメイトの視線が痛い

「だめだ!」

「なんでよ!」

「なんでもだ!」


いいわよ、古泉君に教えてもらうから!、と言って9組へ向かおうとするハルヒを止めるため、全て吐かされたのは言うまでもない


…これ、なんてプレイ?


***

キョンから貰えるなんて思ってもいなくて、にやける古泉に萌える。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。」って言わせたくて書きました。すいません///

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あきゅろす。
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