雲泥万里3


元親と彼の部下数人は、城内の部屋を与えられた。
元就は何も言わず、彼女の部下が部屋へと案内してくれた。何かありましたら遠慮なく申し付けください、と礼をした彼からは、あの氷を思わせる冷たさなど微塵も感じられなかった。
客分として扱われているため見張りなどは置かれていないが、元親の部下達は警戒して部屋から出ようとしなかった。何かすれば足元をすくわれるのではないかと、元就の動向を気にしていたのだ。
元親はそんなものは全く意に介さなかった。暇だからどっか行ってくるわ、と気軽に部屋を出て、城内を色々と探索して回った。初めは迷ってしまい外の厩に出てしまった。
そこで馬番の者と話をして盛り上がり、探しに来た小姓に部屋へと連れ戻された後自分の部下にその事を話して聞かせた。
その次も懲りずに城内を歩き回り、今度は給仕場に出てしまった。食事の用意をしている下女に道を尋ねているときにうっかり腹が鳴り、下女から握り飯を分けてもらいほくほく顔で帰ってきたりもした。
お前らも外出てみろ楽しいぞ、と元親は部下に促したが、彼らは首を横に振って滅相もない、と断り続けた。
そんな事が続けば城内の者も元親の顔を覚え始める。元々地元の顔つきとはかけ離れた顔立ちのため、一度見れば記憶に残るし初見でも一目で地元の者でないことは分かる。
元親が歩き回れば彼の名を呟く者がおり、元親はそれに手を振って挨拶を返す。ここの城主からは考え付かない気さくな態度に、城内の者は元親を快く思い笑顔で礼を返すようになった。
勿論そんな事も元就の耳には届いていた。初めは放っておけ、と気にしていなかったが、流石にここまでくると見過ごしてはおけない。元就は元親を呼び出した。
「長曾我部殿、あまり城内を嗅ぎ回られてはこちらも不快極まりない。至らぬところがあれば小姓でも呼べばよかろう」
苛々しながら元就は言ったが、元親はのんびりと胡坐をかいていた。
「別に不満があるわけじゃねえよ。でも部屋に閉じこもりっきりってつまんねえんだよ。あんたが部屋に来てくれるわけでもないし…」
「何故我が貴様の部屋を訪ねなければならぬのだ」
ふん、と鼻をならして元就はじろりと元親を睨んだ。
「よもやこの城内を攻め落とすつもりで、内部を詮索しておるのではあるまいな?」
元就は未だ元親のことを信用してはいなかった。不審な行動を起こせばすぐにでも追い出してやると思っていたが、彼女が予想していた以上に不審かつ大胆な行動を取る元親に、元就は疑いが募るばかりだった。
敵対とも取れる言動に、元親は怒りもしなかった。へらりと笑ってそんな訳ねえだろ、と掌を振る。
「同盟国に攻め込んでどうすんだ。安心しろ、俺は未だ城内で迷う事があるんだぜ。内部地図なんかちっとも頭に入ってねえんだ」
何が安心しろなのか、と元就は目を細める。そもそも未だ同盟さえ結んでいないというのに、彼の中では既に決定事項らしい。
元親もまた口にして思い出したのか、そういえばよ、と切り出した。
「同盟の件はどうなってんだ?もうそろそろ決まってもいい頃だろ」
「…もう数日かかる」
元就は簡潔にそれだけ答えた。家臣達は満場一致で締結を賛成している。あとは元就さえ首を縦に振れば、という状態なのだ。その首を渋っていた元就だが、今まで考えた末少しずつ考えが変わりつつある。同盟は確かに強力な守りになる。あるとなしでは、全く意味が違ってくるのだ。個人の感情に振り回されて、この絶好の機会を逃すのは惜しい。
元就の考えは解れつつあるが、あと少しで踏みとどまらせているのがこの目の前に座る男、長曾我部元親である。せめてこんな者が同盟主でなければ、と元就はひっそりため息を吐いた。
その元親は、何だぁ、とつまらなそうに呟いた。
「まだ時間かかるのか。城内が駄目なら、城の外になら出てもいいか?本土の文化ってのも興味深いしよ」
四国は本土から切り離された島国のため、文化の進みが異なるらしい。京に近いこの中国の文化が気になるのか、元親は楽しそうにそう提案した。
勿論元就は首を振った。
「ならぬ。貴様がどこで四国の部下に連絡を取るか分かったものではない」
「だから、ちったあ俺のこと信用してくれって…」
苦笑する元親を見ても、元就はぴくりとも笑わない。
そのとき、不意に元親がそうだ、と声を出した。
「俺があんたの目の届く範囲にいないから疑うんだろ?あんたの監視下にいれば、俺のことをちったあ信用してくれんるんじゃないか?」
元親の言葉に、元就は何を言い出すかと言いたげな顔を返す。
「俺あんたの部屋に興味があったんだよなぁ、邪魔させてくれよ。あんたの目の届く範囲にいれば、俺だって不審な行動取れないだろ?」
「何を言い出すかと思えば…下らぬ。そんな提案を我が許すと思うてか」
元就は一笑に付した。しかし元親は食い下がる。
「いいじゃねえか、俺の言ってることに筋は通ってるだろ?俺は武器も何も持てねえ身で、あんたは好きに帯刀なり何なりすればいい。あんたの定義で不審な行動っていう奴を俺が取ったら、すぐにでも切り捨ててくれよ。まぁ、そんな事はしねえけどな」
どうだ、と元親は身を乗り出した。
元就は暫し無言を返したが、ようやく頷いた。
「よかろう。斬り捨てられても苦言は聞かぬぞ」
「斬られたら言いようもねえな。でも言う気はねえよ。俺の部下にも話しとくから、四国からの文句もねえさ」
じゃあ明日な、と気軽に言って、元親は立ち上がり部屋を出て行った。この部屋に彼と二人きりでよかった、と元就は思った。どちらかの部下がいれば、この話はすぐに止められていただろう。
今宵は刀の手入れでもしようと、元就もまた立ち上がり部屋を出て行った。




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