雲泥万里2


あの戦から一月ほど経ち、ほとぼりも冷めただろうと元親は中国へと手紙を書いた。宛てた人物は勿論、毛利元就である。
内容は中国と四国の同盟を組みたいというもの。一度戦をしたとは言え、完全に決着はついていない。しかもこちらが優勢の状態で終わったのだから、ある意味中国に拒否権は無い。同盟というよりは和睦といったところか。
部下達は巧く行かないに決まっていると言ったが、元親はあまり気にしていなかった。もし返事が帰ってこなくとも、別に中国に攻め込むというわけでもない。もう一度手紙を書こう、それだけだった。
ところが、部下達の予想を覆して手紙が返ってきた。内容は、一度中国へと訪ねてきてほしいという事だった。
「こりゃあいい返事がもらえるんじゃねぇか?」
元親は楽しそうに言ったが、部下達は正反対の事を言った。これは罠ではないか、何かの策があるのではないか。
流石は詭計智将と名高い毛利元就である、というべきか。部下達は口を揃えて元親を止めた。中国を訪ねるのは危険である、手紙のやりとりだけで充分ではないか、と。
しかし元親は、そんな部下達の不安や心配を笑い飛ばし、意気揚々と中国へと向かった。考えなしと言えばそうだが、元親には彼女がそんな事をするような人物には見えなかったのだ。


部屋へと案内され襖を開けると、部屋の奥に座る人物が見えた。きっちりと正座し元親を見据えているのは、元就であった。武装はしていないが相変わらず男装をしており、地味な色合いの小袖を纏っていた。
元親もまた、正式な場であるからと部下達に小袖や羽織を着せられている。室内へと入り彼女と同じく正座すると、元就が口を開いた。
「これより内密の話をする。そなたらは下がり、人払いをせよ」
どうやら元親を案内してきた小姓に言ったらしい。しかし小姓は食い下がるようだった。
「しかし、元就様…」
「我の言葉が聞こえなんだか。下がれと申したのだ」
元就が語尾を強めて繰り返し、小姓は渋々ながらも従ったようだった。彼からすれば、主をこの室内に残していくのが心配なのだろうかと元親は思った。
それもそうだろう、何せここにいる男は、まだ敵か味方か分からないのだから。
襖が閉められ、室内の空気が張り詰めた。元就は切れ長の目でじっと元親を見ている。彼女は無言だった。
何か言わねばと元親は焦り、部下に叩き込まれた挨拶を思い出した。普段砕けた口調で喋っている彼にとっては、早口言葉のように舌が縺れそうになるような文句だ。
「お初にお目にかかる、長曾我部元親と申す。同盟の件の返答を伺いたくここに…」
もたもたと口を動かしていたが、結局最後が詰まってしまった。あちゃ、と呟きそうになったとき、再び元就の口が開いた。
「初見ではない」
一言だけだったが、元親は顔を上げて彼女の顔をまじまじと見る。本当に喋ったのかと思う程、元就の表情は先程見たものと寸分違わなかった。
しかし元親はにやりと笑った。
「こういう場では、初めてだろ」
元就は暫し無言の後、下らぬ、と呟いた。
「屁理屈などどうでもよい。あとその口の利き方を直せ。不気味でならぬ」
吐き捨てるように元就は言ったが、元親はひでぇなあと笑っただけだった。
「不気味はねーだろ、俺必死に喋ったのによお」
「無理をしているのが丸分かりだ。力む必要などない」
「そうかい?じゃあ遠慮なく力抜くわ」
元親はそう言って正座を崩し、いつもどおりの胡坐を掻いた。元就が言ったのは口調だけだったのだが、元親には限界だったらしい。元就も特に何も言わなかった。
「単刀直入に言うがよ、同盟の事はどうなってんだ?いい返事を期待してんだが」
元親がそう言うと、元就の顔が少しだけ緩んだ。笑うのか、と元親が期待したが、表情はすぐに戻ってしまった。
「手紙を受け取った後、家臣共と話し合った。彼奴等は皆賛成しておったわ。確かに、今の戦国乱世を生き抜くには力は必要である。同盟があれば国も安全であろうし、そちらの大筒技術は魅力的ではある。しかし、だ」
元就は急に強い口調で言った。話の流れからして賛成してくれるのかと思っていた元親はどきりとした。
「我個人の意見としては、受け入れがたい。同盟国は味方であるとは限らぬ。そちらが同盟を破棄してしまえば、我が国の滅亡は必至」
「おいおい、ちょっと待てよ!」
あんまりな言い分に、元親は元就の話を遮った。
「俺が同盟を裏切るとでも言いてぇのか!」
「言いたいわけではない。だがそなたが信用に値する者か、我には判断がつかぬ」
元親の言葉にも特に反応は返さず、元就は平然と言葉を紡ぐ。
元親としては失礼な奴だと怒鳴ってやりたいところだったが、そんな事をすればこの話はなかった事になってしまう。それは困る。
「…ちったあ信用してくれよ。俺はあんたを信用して、中国まで来たんだぜ?着慣れないこんなもんまで着てよー」
空気を変えようと元親が明るく言ったが、元就の顔はぴくりとも動かない。
「同盟もだがよ、俺はあんたと仲良くしたいんだよ。興味深いって言っただろ、あれはあんたの事だよ」
一月前の戦のことを思い出し、元親は本音を切り出した。
女であるにも関らず武装し、国を守るために戦前に立つ彼女に、大きな興味を引かれた。兵を粗末にするというやり方は今でも気に入らないが、何故そんな戦法をとるのかという事もまた興味がある。
もっと元就と話をしてみたかった。
「…我は、貴様が好かぬ。長曾我部よ」
だから、元就が低い声でそう呟いてきて、元親は固まってしまった。
「す、好かんって、そんな…まだ何も俺のこと知らねぇだろ?話してみればあんただって…」
「話すことなどない。我は貴様が嫌いだ、揺るがぬ事実だ。同盟の件は後ほど答える故、それまで城に留まるがよい。だが我は貴様とは馴れ合わぬ」
一方的に言って、元就は話は終わったとばかりに立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待て、なぁ毛利…!」
「では失礼する、長曾我部殿」
殿、を強調して言い残し、元就は襖を開けて去っていった。
「…参ったなぁ、えれぇ嫌われ様だ」
頭を掻きながら元親が呟く。自分の事をよくは思っていないだろうとは予想していたが、まさかここまでとは。
しかし、城に留まることを許されただけましだろう。残りの数日、少しでも和解できたらいいと元親は思いながら、自分もまたその部屋から立ち去った。


「仲良く、だと?我と馴れ合いたいと申したか、長曾我部よ…」
自室に戻り、元就は窓の外を見ながら呟いた。
日はまだ高く、日輪の光が室内に降り注ぐ。しかし元就の心うちは一向に晴れず、元就は苛々と窓の外を睨んだ。
「下らぬ、実に下らぬ。我は一人だ、今までも、これからも。馴れ合いなどいらぬ、我は…」
誰に言うでもなく元就はぶつぶつと呟いた。

己は一人だと、ただそれだけを。


***



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