堕ちた月の音
006
男の子なのに女の子
「おにぃちゃん。また、はやいはやいのやるのーっ」
どうにか間に合って、入った隊首室。
どうやら紗羅は瞬歩が気に入ったらしい。
「隊長〜今日もラブラブ出勤ですか〜」
「松本、これが今日のお前の分の仕事だ」
「ぇえ!?こんなにっ」
「昨日の貸しだ。借りたもんはちゃんと返せ」
「隊長の鬼ー!!」
結局昨日は好奇心旺盛なやつらのせいで、まともに食事もできなかった。
卵焼きを食べて目を輝かせていた紗羅に免じて怒鳴ることはしなかったが(松本は別だ)、紗羅がいなかったらとっくに撒き散らしてたところだ。
「おにぃちゃーん。おひざのーせてっ」
結局家に残してくるわけにもいかず、昨日と同様、紗羅を連れて隊舎に出勤。
下から見上げてくる金色の瞳を抱き上げて膝にのせてやると、きゃっきゃとはしゃぐ紗羅に微笑みがこぼれた。
「…つまんなくねぇか?こんなとこで」
「んぅ?つまんな、くねぇ?」
「あー…面白くねぇってことだよ」
「つまんなくねぇ、…おもしろくねぇ。んー…おにーちゃんおもしろくないの?」
「ちげぇよ。お前が、だ」
「さら?」
キョトンと大きくなった真夏の月が、俺を見上げる。
「さらたのしいよぉ?だっておにぃちゃんいるもんーっ」
ぎゅーっと抱きしめてくる小さな両腕にもう一度微笑みをこぼして、俺も抱きしめかえした。
「そうか」
「ぬ。おにぃちゃんは?おにぃちゃん、つまんなくねぇ?」
「……紗羅。頼むからお前はそんな言葉使うな」
「えーっ」
おにぃちゃんといっしょなのにぃ、と口をすぼめるその姿がなんとも愛らしい。
喋り方がほわほわして平仮名発音なのが、それに色を足していた。
いつものキリッとした感じもいいが、こういう紗羅もまた一味違っていい。
…って俺、なんか変態親父っぽくなかってねぇか!?
「シロちゃん!!」
と、そこに。
バンと派手な音をたてて開かれた扉。
「聞いたよ!!隠し子がいたんだって!?」
同時に発せられた言葉に、やわらんでいた眉間のシワが幾らか増した。
「…雛森、お前誰から聞いたんだそれ」
「え?乱菊さん」
「…あの野郎」
今はいない自分の副官に、明日の仕事は今日の三割増しだと考えつつ。
「おにぃちゃん、だぁれー??」
「雛森だ」
「ひな。もりだ」
「…雛森桃、だ。紗羅」
「ひなもりももーっ」
なぜか両手を突き出した紗羅に、雛森が笑う。
目の前で自己紹介を始めた二人。
それが終わるまで、俺は机上の書類を片付けだした。
「シロちゃん。そういえば、乱菊さんが阿散井くんと飲みに行くから伝えてって」
「……あの野郎、五割増しだ」
「まぁまぁ」
微かに青筋がたった額に紗羅がソフトタッチ。
「おにーちゃん。おこっちゃ、めーよ」
そう言ってから、数秒フリーズして。
「しろちゃん…?あれれ。おにいちゃん、おんなのこ?」
「違うよ紗羅ちゃん、シロちゃんは男の子」
「でも、しろちゃんはおんなのこ」
「えーっと…シロ“ちゃん”だから?」
「ぬ」
キョトンと瞳を丸くした。
「しろちゃん、…でも。おにいちゃんはおとこのこ」
ぬぬぬー、と考えだす紗羅。
「しーろ、く…ん」
「シロくん?」
「しろちゃんおとこのこだから、しろくんだーっ」
きゃっきゃと再び騒ぎ出した小さな銀髪に、二人で笑った。
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