堕ちた月の音
003
似た者同士
「どうした紗羅」
ちょんちょんと隊首羽織を引っ張られて視線を下げる。
自分と同じ色の銀髪が膝の上で微かに身じろぎした。
「おにいちゃん、さらおなかすいたぁ…」
しゅんと垂れる眉尻。
じっと見上げてくる金色に、思わずドキリ。
そう言われてみて、初めて今はお昼時だったと思い出した。
ふと時計を見遣れば、短針も長針も天井を軽くすぎている。
「…飯、食いに行くか?」
「ごはん!?いくー!!」
ぴょんっと元気よく膝から飛び降りて隊首室の扉に駆け寄っていく後ろ姿を眩しい思いで見つめる。
「…隊長」
やけに神妙な声をあげた松本に目をむければ、珍しく眉根を寄せていた。
「紗羅はなぜ、瀞霊廷に」
「……さぁな。本人に記憶がねぇんだ、俺には分からねぇ」
「っしかし」
「ッあーうだうだ言ってんな松本!!貴族の子供だったらとっくに連絡がきてる。それがきてねぇってことは違うってことだ。じゃあ、もし今、記憶もろくにねぇあいつを流魂街に戻したらどうなる?…間違いなく死ぬぞ」
流魂街なんてそんな場所だ。
生きるか死ぬか、いつも生死の縁をさ迷うように生きていく。
…たとえるならまるで、地獄のような。
「…ったく、んな顔すんな。ガキの一人や二人、隊長の権限でもなんでも使って守ってやる」
それに。
あの笑顔には、やはりどうも逆らえない。
艶(アデ)やかさのかわりに無邪気さがプラスされて、現実より随分幼い彼女。
その姿を見ていると、その幼少期を見ているようで楽しい。
「おにーちゃん、はやくっ」
「…あぁ」
子供ができたらきっとこんな感じなんだろうな、と思った。
「…おい、なにボーッとしてんだ。お前も行くぞ松本」
「っ、はい!」
振り返りぎわ。
ニッと口角をあげれば、ハッとしたように松本が返事をする。
二つの銀髪と一つの金髪、三人そろって隊首室をあとにした。
「ねね、おにーちゃん。おねぇちゃんはそのしろいのきてないの?」
「これは隊首羽織だ。他んとこ行ったらうじゃうじゃいんぞ」
「…隊長、うじゃうじゃはいないかと」
一瞬でも目を離したら一人でどこかに行ってしまいそうな紗羅を片手で抱き抱えて、松本と並んで廊下を歩く。
小さな背丈に比例するように、その体は軽かった。
…まぁ、でかくなってもあいつは十分細いがな。
サラリサラリ。
二つに結った長い銀髪が揺れる。
すれ違うやつらが目を点にして立ち止まるのを見て、松本がとうとう吹き出した。
「隊長、すっごく注目されてますよ?」
「…」
ポカンと口を開け、半ば放心状態で俺達を見つめる部下たちの目にさらされるのは、決して気持ちいいものじゃあない。
紗羅がいる手前、舌打ちするのは避けたが、幾分眉間のシワが増えた。
「やっぱり皆、隊長の隠し子なんじゃないかって思」
「黙って歩け、松本」
「うふ、は〜い☆」
すっかりいつもの様子に戻った松本にため息をついていると、いつの間にか隊舎の食堂についた。
「っわー!ごはんの匂いーっ」
ふわっと香る生姜焼の匂い。
くんくんと鼻をきかせて満面の笑顔になった紗羅があげたその声で、いっせいに食堂中の視線を集める。
異様な静寂に包まれたそこには、紗羅の高い声がよく響いた。
「おにーちゃん、はやくごはんたべよー!はやくはやくっ」
刹那、亀裂が入ったようにピシリと変わったその場の空気。
並んだ二つの銀髪を見比べるように視線が行き来する。
「…隊長」
「言うな松本」
隣には、笑い声をこらえるように肩をふるわせている自分の副官。
目の前には、目を見開いてこっちをみる部下たち。
低く松本の声を制して歩みをすすめた。
ちっ…今ので兄妹設定決定だな。
こんなにも似ている容姿で、しかもその上お兄ちゃん発言ともなると、これはもうほぼ決定だろう。
これだけの人数にいちいち訂正を加えるのはめんどくさい。
ここはいっそ諦めて、今はとにかく飯だ。
「紗羅、なに食いてぇんだ?」
「んとねーさらはねぇ」
片手で抱き上げたまま、メニューとしばらく睨めっこをしている紗羅から視線だけ外す。
目だけを動かして見てみたところ、食堂中の視線が自分たちに集まっているのは何よりも明白なことだった。
「んんんー…」
「決まったか?」
「きまらなぁい…おにーちゃんどれたべる?」
「俺は定食Bだ」
「む、ていしょくびー?」
「美味いぞ。卵焼きがはいってる」
「たまごやきーっ」
キラキラとこっちを見上げた金色の瞳に、ふっと笑みをもらす。
「食うか、一緒に」
「くう!!」
にこっと笑った金色の瞳に、俺もそっと微笑みかえした。
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