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堕ちた月の音
01

音を知った日




厳しい冬の日には銀に輝き、茹だるような夏の日には金に輝く。


季節によって自らの色をかえる月。


自由気ままな夜空の女王は、今宵、澄み渡る銀に光る。




「…?」




夜の静かな瀞霊廷。


その銀の月光を受けてさらに輝きを増す銀の髪は、不意に足を止めた。


幼い顔立ちに彩りを加えるのは、左右対称の大きな翡翠。




「……今、なんか」




聞こえたような気が。


言葉とともにハアと吐き出された息が、夜気を白く染めた。


それに伴って、じんわりと鼻が湿気をおびる。




「…気のせいか」




辺りを見回してみるも、別にいつもと変わったところはない。


物音一つしない、ただ静寂だけが満ちる夜の瀞霊廷内に女の歌声など…考えるだけでおかしい。


疲れで幻聴でも聞こえたか、と踵(キビス)を返しかけたとき。




幾千の夜をこえ

星の数の月日を

一人で過ごしたわたしには

そんな想いさえ

無意味に思えるの

悲しみだけの情なら

捨ててしまえばいいのにと






さっきと同じ、声が聞こえた。






涙のありか

遠い遠い悲しみの果てに

この気持ちが

あの星のように

燃え尽きてしまうまで






耳をすまさないと聞こえないような微かな声。


冬の夜(ヨ)のように澄み切っていて、もし何かに例えるのなら、不純物のない宝石かなにか。


旋律にのって言葉を紡ぐその声は、ふとした瞬間にどこかに消えてしまいそうなほど、危うい儚さを持っているけれど。




タッタッ


瞬歩で屋根を走った。


声を辿り、その持ち主を探し出す。






わたしは唄いつづける

あの空に輝く

銀の月に

恋い焦がれるように






声のもとを辿っていくことなど、夜の静かな瀞霊廷では造作もないことだった。


ただその歌声に導かれるように、足を進めるだけ。




「…こんな日に歌の練習か」




たどり着いた先は、瀞霊廷の外れの小さな丘だった。




小さな背中。


その背中に流れる、長い銀髪。


身に纏うものは、薄手の着物だけ。




辺り一体に響く歌声がピタリとやむ。


ゆっくりとこっちを向いて、ぱちくりと瞬きをした少女はキョトンと首を傾げた。




「だれ…?」




首を傾げた弾みで、サラリと長い髪が揺れる。


その色は空に輝く月と同じ。


もっというなら、月の光よりも純粋な銀。



「…日番谷冬獅郎」


「ひつがや…」


「あぁ」




口のなかで繰り返すような沈黙のあと、にこっと微笑みがかえってきた。




「初めまして、日番谷さん。結城紗羅といいます」




ゆっくりと弧を描いた、薄紅色の唇。


思わず目が吸い寄せられた。




「…お前、どこの隊だ」


「隊…とは?」


「…」




キョトンとしたような大きな瞳に、例えようのない違和感を覚える。




この瀞霊廷内にいるやつなら…いや、流魂街にいるやつでさえ分かるだろう。


隊と言えば護廷十三隊しかない。


それをさも不思議そうに問い返してくる、目の前の歌姫。

けれど、まっすぐ見上げてくる大きな瞳に偽りの色はなかった。




「…お前、死神じゃねぇな」




霊圧が…感じられない。


全くと言っていいほど。




「死神…ですか?」

「そうだ」

「それは一体……なんです?」




…絶句した。


言葉を失ったというその表現がまさに相応しい。




「死神は死神だ。お前、記憶喪失か」


「いえ。記憶はちゃんとありますけど…――あぁ、もう時間ですね」


「は?時間…?」




紗羅が笑って頷いた瞬間、ぶわりと北風がふいて目を閉じる。


冷たい風が、皮膚を突き刺した。




「っ、…な―――!?」




目をあけて、前にいる銀髪に目を戻す。


するともうそこには、さっきまでそこにいた銀髪の姿は見当たらなかった。



(どこ行った…!?)



あたりを見渡してみても、さっきの一瞬で隠れられるような場所はない。



「消えた…」



あの、一瞬のうちに。


隠れる場所など、どこにもないここから。



「…結城紗羅」



教えられた名前をもう一度繰り返して、ふと月を見上げる。


あのまっすぐな銀髪がもう一度みたいとなぜか思った。








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あきゅろす。
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