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第2回拍手



『最強』



「リィ、もう飲まない?」

リビングのソファでシークをかまう背中に安里が声をかけた。
ダイニングテーブルに散らかった、ビールの缶を片付けながら。

「飲む」
「飲むならこっちおいで」
「んー・・・」
「?」

なかなか腰を上げないリィの肩越しにその腕の中を覗き込む。

「あぁ、寝ちゃったんだ、シーク」

笑みが、
こぼれた。

すやすやと眠る薄紫の巻き毛。
その手に上着を握りこまれて、彼は立ち上がることが出来ないらしい。

「ベッド、運んだら?」

そう笑えば、
全く思い至らなかった、
そんな顔つきでリィが視線を上げた。
彼にしてはずいぶん慎重な仕草でシークを抱き上げる。

「ちゃんと毛布かけてあげるんだよ」
「ハーイ」

寝室に消える後姿にそう声をかければ。

「母親みたいだな」

ダイニングから笑い混じりの言葉。

「子沢山だからね、最近。そうやってテーブルを散らかすガキとか」
「それ俺か?」
「さぁ?」

ジェイが差し出したビールを受け取り腰掛ける。
殺風景であることに変わりは無いが、以前に比べて格段に人間の住処らしくなったリィのアパート。
たぶん、それは。

「変わったよね、リィ」
「ん?」
「シークが来てから。野良猫が煮干を食べてくれるようになった感じ」
「あぁ」

納得したようにジェスが微笑む。

「人間だったんだなぁ、あいつも」

そう互いを見やって、2人同時に噴出した。
本当に。
彼を見ていると親の気分が味わえる気がする。



『・・・・・・っ!!』



「・・・・・・今何か聞こえなかった?」
「・・・・・・」

数秒の沈黙を経て、何かが倒れる鈍い音。
間を置かずガラスが砕ける細く派手な音を残して、寝室は元の静けさを取り戻した。

「・・・なんだぁ?」

気の抜けた声とは裏腹に、ジェスの表情が険しくなる。
侵入者? こんな所に?
安里は片手でこめかみを押さえた。

「待った、ジェス」
「あ?」
「見てくる」
「って、おい」

つかつかと寝室へ向かう安里をジェスが追う。

「リィ?」

声を掛けてみても反応は無い。
そっと扉を開き、壁の照明パネルに触れる。
オレンジ色の控えめなライトに、リィの背中が浮かび上がった。
ベッドに片膝を付いた状態。
倒れていたのはサイドボードで。
上に置かれていたのだろうグラスが割れ、コンクリートの床を濡らしていた。
外部からの進入は無い。

「・・・リィ?」

そのまま動かない男にもう一度声をかける。
と。

「安里、どうすればいい?」
「え?」

コレ。
そう言ったままなおも固まっているリィに歩み寄る。
『コレ』とはシークのことらしい。
リィの首にしがみついたまま、シークは寝息をたてていた。
困惑した瞳が安里を見上げる。
この男でもこんな顔をするのだと、初めて知った。

「どう・・・とは?」
「離すと暴れる」
「やーっ!」

引き離すと、それまで静かに眠っていたシークが駄々をこねる子どもよろしく更にしがみつく。
眠気のせいなのかアルコールのせいなのか。

とりあえず。
ちゃんと愛されているじゃないか。

ついこぼれそうになる笑みを、顔を背けて隠した。

「・・・・・・一緒に寝とけば」
「え」


たまにはいいんじゃない?
そうやって、誰かに翻弄されるのも。



終わり



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あきゅろす。
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