B:飴玉ひとつ(クラレイ) かり、飴を噛んだ。 それは思いのほか甘くて、僕はその味を忘れられそうにない。 「大丈夫かい?ルーク。」 「あ、はい。少し考え事を…。」 少し立ち止まってしまったらしい僕に、先生が声をかけた。 考え事をしていたのは事実だ。 考えていた内容は今後の計画の算段で、それは言えるはずもないのだけど。 「ルーク君は?」 「レストランの近くに来たものだから、今日のメニューを見にいってしまったよ。」 だけど、大きくなったルークは落ち着いているね。 くすくす、笑いかける先生にくすぐったさと後ろめたさを覚えて、帽子のつばをくいと下げた。 「からかわないで下さい、僕はもう子供じゃありませんよ。」 「ふふ、それはすまない。」 ゆっくりと、二人でレストランに向かって歩きだす。 その足並みが揃っていることが、ただただ悲しかった。 (先生、貴方と僕は違う。) すぐ隣にあるはずの足音と僕の間には、埋められない差があることを知っている。 ルーク君と先生が並んで歩く姿とは絶望的に違うのだ。 (当たり前だ、そんなことはずっと前から、) どろどろととぐろを巻く思考の中に、先生の声が響いた。 「ルークは今ごろデザートでも頼んでいるかもしれないね、甘いものが大好きだから。」 「…そうですね。」 不審に思われないよう、努めて返事をした。 だけど何故か、先生と目を合わせることは出来なかった。 先生、僕は貴方が積み重ねてきた10年を全て知っています。 でも貴方は、僕の10年を知らない。 僕はもう引き返せない。 間違っているとも思わない。 だから、思い出させないで欲しいんです。 しかしそんな事を知る由もない先生は、穏やかに笑いながら続ける。 「ふふ、といっても、それは今も変わらないかな。」 「は、い。」 違う、僕は小さい頃から甘いものはあまり好きではなかった。 母が作るジャムが甘すぎると、駄々をこねてよく困らせた。 父が土産にチョコレートを持ち帰る度、どうせならビターが良いと頬を膨らせた。 二人とも、もう会うことは叶わないけれど。 「そうだ、ルーク、ここにいいものがあるよ。」 かさり、ポケットから取り出して開いた先生の手の平には、 「……飴玉?」 「ああ、生徒がよく差し入れてくれてね。」 君もひとつどうだい?そう言ってころん、僕の手にひとつ、飴玉が落とされた。 もうひとつはいつの間にか先生の口の中に入っているようだ。 「――はい、いただきます。」 甘いものが大好きな"僕"もそれに続く。 ああそういえば、幼い僕はすぐに飴を噛んで飲み下して、よく養母に優しい声で怒られた。 (ふふ、クラウス、飴玉を噛んだら虫歯になるよ?) それはそう、泣きたくなる程、優しい声で、 かり、飴を噛んだ。 甘い味が口いっぱいに広がるのを我慢できず、すぐに飲み下す。 だけどそれは思いのほか甘くて、僕はその味を忘れられそうにない。 「ふふ、ルーク、飴玉を噛んだら虫歯になるよ?」 すぐさま隣から降ってきた優しい声は僕の錯覚だろうか。 なぜかツンと、懐かしい匂いがした気がした。 (僕にはいらない、こんなあたたかい時間は。) (だから、思わせないで下さい。) (幸せだ、なんて。) ※※※ 4000hitフリーでした。 (配布期間は終了しています。) クラレイです。 せっかくのお礼なので甘いお話を書きたかった…はず…← ちなみにクラウスが甘いもの苦手設定は捏造です。 苦手だともれなく萌えます。管理人が一人で。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |