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一
――いつか、王子様が迎えにきてくれるんだ。
物語に出てくるような、王子様が――…。
●夜の帳●
「今日も可愛かったよ、春菊」
「ありがとうございます、松葉様。また春菊を可愛がってくださいね?」
いつも決まった言葉、決まった態度、決まった笑顔。
もう慣れすぎて、条件反射になっている。
大門まで見送って、松葉様が乗ったタクシーが見えなくなるまで手を降った。
見えなくなると同時に、顔が冷めていくのがわかる。
ここは遊郭が並ぶ、新吉原。
この花街には毎晩、たくさんの男がやってくる。
わりと敷居の高めな店も多く、俺のいる“紫焔楼(しえんろう)”は、男娼屋の中でもトップクラスだ。
値段もそうだが、なにより男娼のレベルが高い。
余所の売れっ妓が引き抜かれてくることもある。
そんな所に、俺は八つからいる。
「春菊、お客さんがお待ちだよ」
見世に戻ると、番頭に声をかけられる。
「客?」
さっきの松葉様が最後だと思ってたし、回し部屋にも通されたわけじゃないってことは、見送りに行ってる間に……?
「誰かわかる?」
「何回か見たことあるけど。学生風のさ、あのイイ男だよ」
「……!」
若い客なんて少ない。
まさか、あいつ……!
すぐに顔が浮かんで、階段を一気に駆け上がった。
「失礼します!」
スパーンと勢いよく座敷の襖をあけると、客も酒を注いでた新造もびっくりしてこっちを見る。
「やぁ、春菊。久しぶりだね」
「ちょっと、智春! アンタ……!」
つかみ掛かる勢いで詰め寄ると、俺の後輩らが怯えてみてる。
人前で叫んだことないし、お客さんの前なのに、無理もない。
「こ、こほん! ……渡辺様、とりあえず、お部屋に」
智春を連れて、そそくさと部屋へ逃げる。
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