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人間は日々、成長する。
ここに、病弱な花月にも出来ることがあった。
弟に迷惑をかけず、皆の役に立てること。
亡くなった両親を見習い、主人の為に働くこと。
まさか専属になれるとは思っていなかったが、そうなったからには鷹通の為に忠誠を誓い、尽くす。
「朝食の用意が出来ております」
毎日、今まで何度も言った台詞。
主人の朝食中も脇に控え、常に行動を共にする。
食事は何人ものメイドが運んできて、朝食といえど豪華だ。
「うん、今日のスープは一段と美味しいね。パンとよくあってるよ」
鷹通はいつも料理の感想をくれる。
こういうところで鷹通の人となりがわかる。
料理長も鷹通のために、かなり力を入れた品の数々を出してくれているようだ。
誰にでも優しい鷹通。
花月に特別優しい声をかけたり、挨拶のとは違ったキスをするようになったのはいつからだっただろうか――…。
「ご馳走様。今日も美味しかったよ」
最後の一言も忘れない。
席を立ち、玄関に向かう鷹通のあとを付いて歩く。
綺麗で、整っている背中。
何度思っただろう。
好きだ、と。
何度泣きそうになっただろう。
この人を想って。
何故、キスをしてくれるのだろう。
ただの遊び……?
抱いてはいけない想いを持った自分を鷹通はどう思っているのだろう。
いろいろなモノが駆け巡っては、花月を思慮の海に沈める。
玄関まで着くと、もうすでに入り口には調理師、庭師を除く、すべての使用人が並び、主人を待っていた。
「いってらっしゃいませ」
武骨な初老の男が言い、そのあとを次いで全員で頭を下げる。
「行ってくるよ」
主人が玄関を出るまで頭を下げ続ける皆に向かって言う。
綺麗な、笑顔。
専属でなければ頭を下げているので見れない、笑み。
傍らに立ち、見ることを許される、唯一の専属。
頭を下げ続け、帰りを待つ一生を過ごしていれば、こんな想いは抱かなかったのだろうか。
玄関の扉を閉め、スーツに埃が付いていないかチェックすると、革のバッグを手渡す。
扉を過ぎたら、あとは専属が一人特別にお見送りをする。
「お気を付けて」
「……花月」
そこには、いつも花月にも向けてくれる笑顔はなく、不安な気持ちに駆られる。
「はい、なんでしょうか」
表面だけでも、笑みを浮かべる。
心から笑える時は来ないだろうけど。
鷹通の前では笑っている花月としてありたい。
「今夜は遅くなる。待っていなくていいから、自分の部屋でゆっくりするといい」
花月の気持ちを知ってか知らずか、常に使用人を気遣い、常に優しく接してくれる。
そんなに優しい鷹通が好きで。
そんなに優しくしてほしくなくて。
鷹通と離れるのが恐くて近付けもしない自分が情けなくて。
「……鷹通様」
しっかり相手の目を見る。潤んでうまく見えなくても。
気持ちを伝えたい。この人に。
でも、そんな勇気はないから、ただ待つだけ。
意気地なしだと思う。
弟にも馬鹿にされそうだとも思う。
だけど、この“場所”にいたい――…。
例え、鷹通が嫁を迎えようとも、自分はこの“位置”にいたい。
鷹通のそばに。
「……花月。もし、君の元気がない原因が僕にあるとしたら……謝ろう。そんなに落ち込まれては僕の調子も狂ってしまうよ。訳を聞かせてくれないかい?」
……それ以上、入ってこないで。
両親のように、失ってしまわないように。
でも鷹通は入ってきてしまう。
奥底まで。
想いが、勝手に走りだしてしまう。
この気持ちをどうすればいいのか分からないから。
鷹通はいつもいつも優しくて。
「……何でもない、です……」
涙があふれてしまいそうで、目をそらす。
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