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6
葉月に起こされない朝を迎えるのが何日目にかになって。
何か足音がすると思ったら、勢い良くドアが開かれる。
「鷹哉っ!」
久々に見た、綺麗な顔。
飛び込んできたのは、葉月。
「はぁ……はぁ……、お前っ」
「まぁ落ち着け」
ズカズカ入って来て息切れする葉月に、ベッドサイドにあった水を差しだす。
「鷹哉……、何でっ!」
葉月は受け取らず、鷹哉に掴み掛かってきた。
グラスから、水が零れる。
水の冷たさは感じなくて、むしろ掴まれたワイシャツから葉月の熱が伝わってきて。
傍に、いる。
目の前に。
実感した。
「なんで……家出んの……?」
鷹哉の胸に頭を押しつけて、葉月が静かに問う。
「なんでお前が……」
その肩はかすかに震えてて。
抱き締めたい衝動を抑える。
「俺が出る。鷹哉はここにいていいんだよ……!」
葉月が顔を上げた時、目尻に涙がたまってて。
「……何泣いてんだよ」
初めて見た、葉月の涙。
いつも明るくて、何の悩みもなさそうな感じだったから。
グラスを置いて拭ってやろうとしたら払われた。
「泣いてなんかないっ! こ、これは鼻水だ!」
色気の欠けらもねぇ返事に思わず吹き出す。
「じゃ、何で目から鼻水が出てるんですかー」
葉月は恥ずかしそうにそっぽを向く。
「なぁ。俺の為に家出んの?」
「お、お前の為なんかじゃない……っ」
今度は怒鳴る。
全く、表情がコロコロ変わるヤツだ。
「なぁ。俺の為に泣いてくれんの?」
「誰が泣くかっ! つうか泣いてない! もう帰る!」
何しに来たかわからないが、「邪魔したなっ!」と部屋を出て行こうとした葉月を後ろから抱きすくめる。
「葉月」
もう、離したくない。
傍に、いてほしい。
「……葉月。お前にとって俺は邪魔か?」
「じゃ、ま……?」
いつもなら抱くと暴れるのに、今は素直に腕の中にいる。
「俺が嫌で、出てくんだろ?」
「……鷹哉は関係ない」
「あるだろ」
意地っ張りなところは可愛いが、こういうとき困る。
なかなか本心を話してくれなくて。
本音が聞きたいのに。
「俺は兄貴の足手纏いだし……葉月の好きなヤツと一緒になんか住めねぇ」
素直に、率直に、言った。
葉月の本音が聞きたいなら、こっちも本音を言う。
そうすりゃ話してくれる気がした。
「……へ?」
でも、返ってきたのは意外すぎる間抜けな返事。
くるっと振り向いて葉月が口を開く。
「え……俺が、誰を……?」
(兄貴んとこ好きなんじゃねぇの……?)
「お前が、兄貴を」
わかりやすく区切って説明。
「……はぁ!?」
次の瞬間、葉月は素っ頓狂な声をあげる。
「違ぇの?」
「え!? 違うっつうか……はぁ!? 俺が鷹通様を!?」
図星なのを隠してるってよりも本当にびっくりしてるみたいで。
猫っぽい目がいつもより大きくなってる。
「俺が鷹通様ってよりも、お前の方こそ好きなヤツいんだろ!? だから家出るって……っ」
また、泣きだしそうな顔をした。
「誰」
眉間に皺を寄せて顔を近付ける。
好きなヤツいるんだろ、ってことはコイツ自覚ねぇよな。
「鷹哉は、花月が好きなんじゃねぇの……?」
「俺が、花月を? ……はぁ」
やっぱり。
ちょっと惜しいけど、見当違いなトコいっちまったな。
「ち、違うのかよ」
訝しむように上目遣いなんかされるとあまりにも可愛すぎて襲いたくなっちまう。
「葉月。よーく聞け」
両肩に手を置き、屈んで目の高さを揃える。
「俺が好きなのは、お前。葉月」
「……嘘」
葉月が信じられない、って顔をする。
俺が花月を、って考えてるなら、俺が葉月は鷹通が好きだって勘違いしてたのと一緒?
一緒なら、もしかして、葉月も少しは俺のところ気にしててくれたりすんのか?
「嘘じゃない。俺は、お前が好きだ。お前は?」
これは、賭けだ。
もし、葉月が鷹通や他のヤツが好きなら、本当にこの屋敷を出ることになるだろう。我慢できないと思うから。
「お、れ……は」
もし、葉月が俺のことを、少しでも好きでいてくれるなら、ずっと傍にいたい。
「……みんな、葉月ちゃんはいい子だねって言うんだ……。明るくて、面倒見がよくてって。俺にはそれしかないから……。花月しか見てないからそう思うんだ……」
ぼそぼそと、語りはじめた。
下を向いてるから表情はわからない。
けど、いつもと違うってのはわかる。
「花月の世話するのが義務みたいになってて。でも、俺が中学ん時、花月が働くって言って。それから置いてかれたみたいで……」
葉月の細い肩をそっと抱く。
「……みんな、花月が大好きで。俺も好きだけど…。俺に話し掛けるヤツはみんな花月を誉めるんだ。いい子ね、可愛いな、働き者だし、って。花月は『花』なんだ。みんなの中で目立って、一番綺麗なんだ。俺は花月の面倒を見て、優越感っていうの? 見下してたのかもしんない」
葉月がから笑いした。
俺のワイシャツを握り締める葉月の手が、震える。
「父さんだって花月を可愛がったし、母さんはいつも俺に頼み事をしてた。俺はしっかりしてるからって。そんなの違う。俺はちっともしっかりなんかしてないし……俺は、あくまで『花』を引き立てる葉っぱなんだって。花月の為にいて、花月の為にいなくなるんだって思った。俺は、俺は……」
とうとう葉月が泣きだしてしまった。
頭を撫でて、落ち着かせる。
今はコイツの言いたいことを言わせてやりたい。
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