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「はぁ……」
葉月が何か怒りながら部屋を出てってから、今日で五日。
いい加減、機嫌を直してくれてもいい頃合いなのに、相変わらず顔を見せなくて。
不機嫌な毎日を送っていた。
家に帰っても、葉月からの「お帰り」はなくて。
『お、今日は早かったな。せっかく鷹哉が居ないうちに菓子食おうと思ってたのに。運いいヤツだなぁ〜。ま、お帰り』
何だかんだ言って、ちゃんと「お帰り」を言ってくれる葉月を見るのが毎日の楽しみだった。
いつからだろう。
誰かに「お帰り」を言ってもらうのが当たり前になったのは。
家に帰るのが楽しみで、出かけるのが名残惜しくなったのは。
どれほど、葉月を必要としているか思い知らされた気がする。
「はぁ……」
近頃癖になりつつある深いため息をつくと、バッグをソファに投げつける。
前投げた時は葉月が口出してきて。
『ソファは座るもんであって物置じゃないだろ?』
それから投げる前に葉月がバッグを受け取るようになった。
普通は玄関で受け取るもんなんだけど。
最初は態度も何もかもメイドっぽくなくて。
まぁ自分の所為で専属のメイドにしちゃったようなもんだから仕方がないんだけど。
主人を呼び捨てにするし、思いっきりため口だし、友達感覚で接してるみたいで。
でも段々と専属っぽくなってきて。
前から掃除は綺麗だったけど磨きがかかったみたいだし、料理も上手だってことが判明して。
何だかんだ気が利くし、意地っ張りなところも構いたくなってきて。
こっそり「行ってらっしゃい」してるのも可愛いじゃないの。
でも、今は、いない。
理由はよくわからないが、離れていってしまった。
俺のもとから――…。
時々、葉月が兄貴と花月を羨ましそうに見ているのは知ってた。
葉月は花月に何でもしてあげちゃう子だから、鷹通の専属も黙って見てるのかなって思って。
それから、葉月は兄貴が好きなんじゃないかって勘ぐるようになった。
一度そうなんじゃないかって考え始めたら止まらなくて。
だって、鷹通の話をすると嬉しそうに笑ってたし。
俺は呼び捨て、兄貴は鷹通様。
明らかに、俺と鷹通を見る瞳(め)が違う。
アイツはアイツなりに鷹通への思いを大事にしまってるのかな。
ある日、そんな葉月を見てられなくて、無理矢理カラダを奪った。
そのあとも、ずっと、奪い続けた。
でもアイツのココロは手に入らなくて。
錯覚してしまっていたんだ。
全部手に入れた、って。
そして自分のある思いに気付いた。
全部手に入れたい、って。
葉月が欲しくてたまらない。
あの笑顔、少し高い声、綺麗な手、何もかも。
静かに目を閉じる。あの頃の葉月を思い出すかのように。
初めてこの家に来た時、庭を歩く一人の中学生を見た。
綺麗な顔に似合わない詰め襟。
黒い学ランによって、更に際立つ髪の黒さ。
まだあどけなさが残ってる、幼い体付き。
男だとわかっていても、女かと思うような妖艶さを持ってて。
はじめは、屋敷に住む自分の義弟か、もしくは自分の様な邪魔者(異母兄弟)なのかと思った。
でも屋敷の中にはいなくて。
幻かと思った。
あまりにも綺麗だったから。
あまりにも屋敷に来るのが不安だったから、幻でも見たんじゃないかって。
でも、何年かして会った。
専属を選ばなくちゃいけなくて。
そんなの面倒だからあんまりっつうか全然乗り気じゃなくて。
(金持ちはめんどくせーなぁ)
オバサンメイドが言うには、メイドが足りなくて候補者の中には男も混じってるって。
この中から選べ、って言われたとき、この目を疑った。
出会った。幻に。
その子はちゃんと存在してる子で。
やっぱし男の子で。
名前を葉月といった。
やる気ゼロだったボルテージは急上昇。
試しにみんなメイド服を着せてみたら、葉月はもろ似合っちゃうし。
そん時の、今にも泣きそうな顔が可愛くて。
ちょっと猫っぽい両目とか、意地っ張りっぽそうなとことかタイプで。
迷いは、なかった。
この子の傍にいたくて。
『こいつ、俺の専属決まりね』
今思えば、一目惚れだったのだろうか。
あくまで一方通行の、片思い。
女には何不自由しない俺が、片思いなんてする日が来ようとは。
またため息をつくと、部屋をあとにした。
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