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鐘撞き堂
それは砂糖菓子のように サフィ♀ルク。パロ
そこはとある貧しい木こりの家。

「仕方が無いであろう…」
「だが…しかし…」


隣の部屋から聞こえる両親の話し声に、灰茶の長い髪をもつ少年が目を覚ます。


「………」

少年は、そうっと明かりが漏れる隙間から隣部屋を覗く。両親は、なにやら深刻な顔をして話をしていた。

「二人とも成長期…もう養ってはいけないぞヴァン!」
「そんな…では…あの子たちを…」

父親のヴァンが唇を噛む。
少年は青い瞳を見開く。そして悟る。…これは、口減らしというヤツだ。
別に、珍しい事ではない。貧乏な家ではよくあることだ。…役に立たない子供は、棄てられるか…殺される。

「では…子供たちを…捨てると…?」
「そうするしかない。」
「………」

少年はすやすやと寝息を立てる妹を振り返った。…よく寝ている。
少年は口端を上げた。…そして、

「ねぇ…おとうさん…おかあさま…」
「ティ…ティア?!」

ヴァンが驚く。母親のモースも少なからず驚いているようだった。

「私…今の話ぜーんぶ聞いたわ…」

モースの顔がさあっと青くなる。

「私かルークのどちらかを棄てるんでしょう?」
「それは…」

ヴァンが口ごもる。


「ねぇ…私ルークにこの事言わないわ。内緒にしてあげる。」

ヴァンとモースが怪訝そうな顔をした。


「ねぇ、男の子は木こりになっておとうさんの跡を継げるわ…でもルークはそうじゃない…だから…」

ティアがにぃ、と笑う。

「私…ルークを森に棄ててくる。…大丈夫、絶対返ってこないわ…絶対…ね…」


そう言った少年の瞳はどこまでも濁っていた。





翌朝、ティアはルークを森に連れ出した。

「なぁ、おにいちゃん…なんで森に来たんだ?」

長い朱金の髪を翻して少女が無邪気に少年を振り返る。歩く度、頭の白いリボンがふわふわと揺れた。

「それはね…」
「うん?」

少年がにっこりと微笑む。

「それは…もっと奥の…そう…目的地に着いたら教えてあげる。」
「ふーん…」

楽しみだな、と微笑んで、少女は再び前を向いて歩き出した。




どん。

「うわ!」

森の奥深く、木こりの父親さえ来ないようなところにくると、ティアは妹を突き飛ばす。

「おにい…ちゃん?」


転んだ妹が兄を見上げる。見下ろす瞳はどこまでも冷たく、暗い。

「あのねルーク…なんでここに来たか…教えてあげる…」
「……?」
「あなたは…棄てられたのよ。」
少女が翡翠の瞳を見開く。
「……え…?」
「わかるでしょう?うちは貧乏で、子供を二人も養えないの。…口減らし…っていうんだけど…」

少女は呆然とする。


「ねえ、ルークは優しいからわかってくれるわよね?…あなたがいるとおとうさんやおかあさまは生きていけないの…勿論、私も。」
「………」

少女は無言で兄を見上げる。

「ねえ?…あなたはいい子だから、私たちを困らせたりしないわよね?」
「………うん…」

少女は俯いて、小さく肯定した。それで十分だと、ティアは思った。…兄妹として育ってきた。だから、この子の性格は一番自分が知っている。

「聞き分けのいいルークに…最後に一つだけ…いい事教えてあげる。」

少年は妹の赤い髪を撫でる。

「この近くにはね…魔法使いがでるの…人を食べる…怖い魔法使い…」

にこぉ、とティアが笑う。

「だから…スグに楽になれるわ…じゃあね…」

そう言うと、少年は灰茶の髪を翻して去っていった。

「…………」

ルークは膝に顔を埋める。

「帰って迷惑かけたり…しない…」

ルークは静かに目を閉じた。

「ずっと…ずっと…ここにいる…」

おれの身体が土に還って、この森の木に吸い込まれて…
木こりのおとうさんが…その木を伐りに来てくれたら…

「そしたら…幸せ…だな…」





−それから、五日が経った。

「………」

少女は、兄に置き去りにされたその場所から一歩も動くことなく横たわっていた。
そんな少女の目に映ったのは−−

「お菓子の…家…?」

扉はチョコレイト。壁はかすていら。屋根はクリームのたっぷりかかったウエハースで、柱は飴細工。

「はは…糖尿になりそう…」

そう言ってルークは静かに目を閉じた。




「…おきなさい。」


それから程なくして、誰かに身体をつつかれる。

「ん…あと五分…」

「そんな場合じゃないでしょう?!あなた死にかけているじゃないですか!」

そうか、おれの身体はもうすぐ土に還るのか。
そんなことを思いながらも、ルークはうっすらと眼を開ける。
そこにいたのは−

「…魔法…使い…?」

白髪に赤い眼。眼鏡をかけていて、全身黒ずくめというポピュラーな魔法使い。

…ああ、おにいちゃんが言っていたのは、このひとか。

「目の前にお菓子の家があるんですよ!食べないんですか?!」

魔法使いは尚も樫の杖で少女をつつく。


「拾い食いはしない…」
「…飢え死にしかけているのに…?」

魔法使いは首を傾げる。

「それが…もくてき…だから…」
「そんな!だめですよ!」

魔法使いが焦る。

「………なんで?…人を食う魔法使いだろ?」
「それはちょっと違います!」
「…違う…?」

魔法使いはこほん、と咳払いする。

「私は…ヒトの“執着”を食べます。」

「しゅう…ちゃく…」
「はい。人間が欲するもの…食べ物であったり、親兄弟であったり、お金だったり…」

魔法使いがふふ、と笑う。

「なかでも…とびきり美味であるのが、生への執着…生きようとする思いです。」
「生きよう…とする…」
「だから、私はあのお菓子の家を使ってここに迷い込んだ人間の生きようとする思いを強めたり、執着の種類を増やしたりしているんです。」
「ふうん…」

ルークがどうでも良さそうに相槌を打つ。

「まあ…生への執着を絶たれると、人間は死にます。」

だから人食いと呼ばれるんでしょうか?と魔法使いは頭を掻く。

「で…おれはお菓子の家を食えばいいの…?」
「はい。そうしてもらえるとうれしいです」
「………」

ルークはお菓子の家まで這っていく。そして、柱に添えられた落雁を一つ、口に入れた。それはとても甘くて、ほろほろと口のなかで崩れて無くなった。

「…おいしいよ。」

「それはよかった!」

自信作なんです!と魔法使い。

「……ごちそうさま…」

ルークはぱたりと地面に倒れる。

「え?!終わりなんですか?!」
「うん…もう…おなか一杯…」

ルークは幸せそうに微笑んだ。


…今までの人間は生きたいが為に貪り食っていたのに。


「…まあ、これであなたの執着は濃くなった筈!この執着の糸が見える眼鏡で−」

魔法使いは眼鏡を取り替える。しかし−


「………っ?!」

魔法使いは眼鏡を外し、眼を擦って、眼鏡をハンカチで拭い、もう一度かけてみるが、やはり−

「……ない…」

少女の身体には、なんの執着も無かった。食べ物への執着も、親兄弟への執着も、……生きようとする思いさえ、無かった。
満たされた顔をして横たわる少女。魔法使いは、何故か哀しくなってしまう。

「こ…困るじゃないですかぁ…!」
「…どうしたの?…食べないの?」

少女の声はとても弱々しかった。

「食べられません…よ…だって…無いんですから…執着…」


少女は眼を見開いたが、すぐに納得したように眼を閉じる。


「そっか…無いのか…じゃあ…」
「じゃあ…?…なんですか?」

ルークは魔法使いに手を伸ばす。

「ぎゅ…って…して…ほしい…」
「……ッ…」

魔法使いはそっと抱き締める。息絶えようとしている、か細い少女の身体を。
すると−

「あ…」

少女の身体から、するすると伸びる光の糸。それは蚕の吐く絹のように細く、されど、生への執着であるが故にとても甘い香りがして。
そしてそれは、魔法使いの身体に繋がっている。

…きっと、この糸は食べてしまったら、砂糖菓子のように甘く、そして儚く口の中で溶けてしまうのだろう。


「……できた…でしょ…?…執着…」
「………ッ…」


魔法使いは少女を抱き締める。


「食べられません…こんな…か細い執着…」









−数年後。

ひらひらと真っ赤な楓が落ちる季節。


「サフィ!おれも薪割りくらいするよ!」
「と…とんでもない!」

魔法使いは思わず鉈を取り落とし、足にぶつけてしまった。


「〜〜〜〜〜ッ!!!」

声にならない叫びを上げる魔法使いと、いわんこっちゃない、と言った顔で見つめる朱色の髪の娘。


「…やっぱりおれが−」
「だめですッ!あなたひとりの身体ではないんですよ?!」


だめかぁ、と頭を掻く娘。

「じゃあ御飯を…」

「それも私がやりますッ!ルーク暖かくして座ってなさい!」

仕事を取り上げられて、ふてくされるルーク。




赤い髪の娘の身体には二つの執着の糸。食べることができないほど美しく輝いていて、その一つは自分に伸び、もう一つは、ふっくらと膨らんだ彼女のお腹に繋がっていた。

「サフィ!がんばれ!」

ぶんぶんと手を振って応援するルーク。

魔法使いは、幸せそうに微笑んだ。









end.




あとがき

「ヘンゼルとグレーテル」のパロディでした。どっちが妹か忘れました…

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あきゅろす。
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