short story ワンダー学園*5* 夢を見ているような そんな気分だった―――――――― 【足音】〜華の美しさに魅せられて〜 「あぁ?んだとコラ!」 「聞こえなかったのでしたら、もう一度言いましょう。未成年の飲酒は止めろ。」 いつにも増して喧嘩腰なシトがいるその場所は、ワンダー学園の広いグランド。 そこは今、色々な屋台やらで賑わっている。 そう、世間一般で言うお祭りなのである。 「聞こえねーなぁ?一体誰に口聞いてンだよ!!」 全く、声を張り上げれば勝てるとでも思ってるんですかね。 シトは呆れながら再び口を開いた。 「でしたら、どちら様なんですか・・・・」 だが、これは逆効果だったようだ。 シトの目の前にいるガタイのいい男3人は、それぞれが額に青筋を見せて拳を振り上げて来た。 周りで見ている生徒たちが驚きの声をあげる。 そんな中、今だ呆れた様に男達を見ていたシトは、ある事に気付くと、周囲を見回した。 同時に拳3人分を難無く避ける。 「そういえば、アリスはどちらまで見回りに言ったんでしょう。」 シトはそのまま空を切っている腕2本を掴むと、軽く捻り上げた。 男2人から尋常じゃないほどの叫び声が上がった。 「ふ、ふざけんじゃねー!!!」 もう一人がそう叫べば、未だにシトに腕を捻り上げられている男2人の間を割って、シトの顔面目掛けて殴り込んできた。 その時、信じられない程広いグランドに、大音量で放送の音楽が流れた。 そこから流れた声は、一層間抜けな声。 《はい。ピンポンパンポーン。今から放送部に代わって呼び出しをしま〜す》 陶然、殴りに掛かっていた男の動きが止まる。 シトは溜め息をつきながらその男の足を払う。 陽気な放送の所為で静かになったグランドに、鈍い音が響き渡った。 シトはそのままいつの間にか痛みで気絶している男2人の腕を離すと、意識がある男に笑いかけた。 ガタイがいいのに、細身であるシトの前で砂まみれになっているその姿は、酷く滑稽だ。 「今一度言いますが、未成年の飲酒は止めて下さい。納得いかないと言うのならば、言い方を変えましょうか?飲酒はあなた方の体に影響があるでけではなく、万一にでも、それが世に知れた場合それは学園に多大な損害をもたらします。つまり、あなた方のその軽率な行動の所為で学園の評価が下がるんです。分かりますか?これは連帯責任になるんです」 「あ、あぁ!分かった、分かったからっ」 シトはまだ何か言おうとしていたが、男に遮られて断念する。 「おや、そうですか。理解されたのでしたら結構です。その2人をグランドの隅に連れていって下さい。邪魔ですから」 シトはそう吐き捨てると、今度は放送に耳を傾けた。 嫌な予感がしたのだ。 《まぁ、放送部の人にはお願いはしたんだけど、恐れ多くて出来ないんだって言われてね。だから僕が代わりに言う事になったんだけど、放送って楽しいね〜♪》 「・・・何やってんですかね。あの馬鹿は」 あの馬鹿もとい高等部生徒会長アスは、何故か大音量で話していた。 《それで、呼び出しなんだけど、あ。》 そこで一旦言葉が止まる。 《え?・・うん。迷子の呼び出しみたいに呼ばないで欲しいって?あ、そうだね。うん。じゃ分かりにくく呼び出すよ。うん、任せて》 「「「「「・・・・・・・」」」」」 聞いていた生徒達はもう動けなかった。 多分、いや絶対、小声で話してるんだろうが、放送自体が大音量なのでその音もはっきりと拾ってしまう。 《あ、シトくんいる〜?ちょっと来てくれないかな〜?あ、大丈夫大丈夫。迷子だとは思ってないから!至急放送室まで来てね〜じゃっ一一一一一ブチッ》 「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」 それはまさに絶対零度の世界。 「ふふ、ふふふふふ・・・どうしてくれましょう。この殺意」 シトの半径五百メートルが凍り付いた。 ばたんっ!!! 「あ、シトくん!よかった見付かって!それにしても早かったね。呼び出しからまだ1分も経ってないと思うけど・・・・」 「・・・・・わざとですか」 あの放送は。 「さて、何の事かな?」 大方、前回の事で何かしら根に持ってるのだろう。 あぁ、殺したい。 「ご、ごめんね。えと、シトのこと探したんだけど、見付からなかったから・・・・・」 シトが本気で殺意を抱いていた時、アスの背後で弱々しく謝罪しているアリスが顔を出した。 それがまたシトを苛つかせる。 「いえ、こちらこそ、すみません。」 だが顔に出さないシト。 「シト、疲れてるみたい・・・。見回り、私が行ってくるから、ここでアスと休んでて」 「!?」 そう言った後、アリスは颯爽と放送室から出た。 シトはそれを止めようと手を出したが、それは空を掻くだけだった。 「?いや、聞き間違い・・・ですかね」 しかし、シトはただ止めようとしたのではない。 どうしても気になった点があったのだ。 それを横目で見ていたアスは、小さく笑う。 「シトくんって、そんなところで現実逃避するんだねぇ。愉快、愉快。」 不愉快だ。 「貴方がアリスに無理強いしたんですか」 「ヤだなぁ。そんな事無理強いしたって何の得もないじゃないか。アリスは、快く呼んでくれたよ。」 アスは、ふふふ、と笑いながら、赤色の浴衣の袖を揺らした。 「・・・・・大体、何故浴衣なんて着てるんですか。生徒会は生徒を指導する義務があるでしょう。」 「心配いらないよ。僕にはちゃんと生徒会メンバーがいるからね。」 「そうですか。羨ましいどころか、どこか同情せずにはいられませんね。」 特に、副会長は本当に大変だろう。 生徒会の仕事と言うより、この人の世話が。 「それよりも、僕はシトくんに言っておきたいことがあるんだ。」 急に真面目な顔つきになるアス。 この人のこういう所が、シトは嫌いだ。 「何です」 「何故アリスを1人にしたのか聞きたいんだ。分かってるだろう?それがどんな事になるのか。」 「おかしな事を言いますね。今だって、アリスは1人で見回りに行ったのですよ」 シトは吐き捨てる様にそう言うと、視線を窓の外へと向けた。 外は未だに賑やかだ。 「おかしな事を言っているのは君の方だ。僕がアリスを1人にさせるわけがないだろう?」 ・・・なるほど。 大方、高等部副会長を付き添いにでも使ったのだろう。 「君は、アリスを囮にでも使う気なのか?」 シトはその問いに、視線をアスに戻して、首を傾けた。 「囮?私がアリスを?そんなわけないでしょう。」 「どうかな。君の行動はそう言っているようにしか見えないから」 「なら、貴方の目が節穴なんでしょう。」 「僕は真剣に言っているんだ!」 突然声を上げたアスに、顔をしかめるシト。 同時に溜め息を付いた。 「・・よく、考えて下さいよ。もし、私が付きっきりでアリスの傍にいたとしたら、それこそ彼女が危険な目に遭うんですよ。」 「・・・・・え、じゃあ、」 「・・・これで、目が覚めましたか?まったく、寝言は寝てから言って欲しいものですね。」 そろそろ、私も見回りに行って来ますよ、なんて言いながら、シトくんはドアノブに手を掛けた。 「あぁ、それと」 シトくんはノブを握りながら、僕に背を向けて話す。 「アリスが心配ならば、貴方がアリスの傍にいて下さい。私は、アリスを遠くから護りますから。」 「!」 「まぁ、こういうイベントでなければ、傍にいますが、こういう日はいつ奴らに見られているか分かりませんからね。」 そう言いながら、未だにシトくんは僕に背を向けてる。 「だから、頼みますよ。アス」 背を向けてそう言う君は、今、どんな顔をしているの。 「・・・・・言われなくとも、僕が出来る範囲で、アリスを護るよ」 「・・・・・・・」 僕のその言葉を聞くと、シトくんはそのまま部屋を出て行ってしまった。 そうだよ。 出来る範囲でなら、僕がアリスを護ってあげる。 けど、それ以外は、君が護るしかないんだから・・・ そんな、弱々しい事、言うなよ。 君らしくない。 「君にとって、最悪な戦いになるだろうね」 普通なら、いて当たり前の大切な人を、君は昔必死に護ろうとしてた。 そんな君を、もう何年も見なくなった。 君は自分から人を寄せつけなくしたんだったね。 でも、今は、アリスがいる。 君にとって、最悪なこの戦いは、きっと 「最高にもなりうるんだよ。シトくん」 アスは遠ざかって行く足音を聞きながら、ゆっくりと外を見る。 広い広いグランドが、色鮮やかに夜を照らす。 アスは暫く、その景色に見とれていた。 「あっ、会長!」 「!!アリス?見回りに行ったのではなかったんですか?」 アリスがいたのはワンダー学園玄関ホール。 校舎に入る入り口だ。 「うん。でも、やっぱりシト待ってようかなって・・・。さっきまで高等部の副会長さんとお話してたんだよ。ちょっと前に見回りにいかれたけど」 「そうですか・・・」 よく気がきく人だなと、シトは今さらながらに感心した。 その時だ。 今日のこのイベントで、一番騒がしい音。 ドオォォォン 「あ、始まっちゃったね。」 アリスは言いながら玄関ホールから空を見上げた。 ここからだと、人ごみでよく見えなかった。 「・・・・私は、穴場を知っていますよ」 ふと思い付いたシトは、アリスにだけ聞こえる様に小さく言う。 瞬間、アリスの輝かしい瞳がシトを見た。 「どこ!?」 シトは思わず笑みを零した。 「う、わぁ!よく見える!!」 さすが穴場!もとい屋上。 アリスは声を張り上げながら、シトを見た。 「最初は、お祭りなのにお仕事なんてって思ってたけど、こうやってシトと花火が見られるなら、やったかいがあったね。」 花火の音にも負けないその澄んだ声は、シトの癒しだった。 「あ!そうだ。お願いごとしようよっ」 ・・・・え。 「花火に、ですか?」 「そうだよ。アスがね。願いごとは空に輝くものにするといいよって言ってたから」 ・・・あの男。 「ほら、シトもしようよ。絶対叶うから!」 絶対、か。 何故でしょうね。 貴女がそう言うから、そう思えてしまうのは。 「そうですね。願うだけ、願ってみますか」 だから 叶えろよ、花火。 華の美しさに魅せられて ((来年も、一緒に見られますように)) end [BACK][NEXT] |