Alice's Watch
7荒らされた部屋
あの空間は嫌いではなかった。
なら何故居なくなったのかと聞かれたら、その返答には「わからない」と答えるほかないのだと、自分でも認識している。
ただ、″あの子″が言うように、きっと、出逢ってしまったから、なのだとも頭の端の方では理解していた。
でも、それを認めてしまうには、あまりにも周りを巻き込んでしまう結果が考えなくともわかっていたから、だから応えを出すのに、時間が掛かって、そしてそれは、
―――――誰かの心を壊す、結果となった。
「先生さようなら」
「はい、さようなら」
自分の部屋にと当てられた研究室へと向かっている間に、また明日ね、と含まれた別れの挨拶を告げる。
ここにはこんな日常がある。
「あら、もう帰られたのかと思ってましたのに。アス先生」
「…………」
特別講師とはそれほど自由度が高い。
下校の時間とともに帰ってしまう人もいる。
「……ここ、僕の研究室なんですけどね。こう毎度来られては阻止せずにはいられませんよ。」
「だってここのソファー、居心地いいんですもの。」
ソファーに深く腰掛けながら、女性は美しく微笑んだ。
その微笑みは一体何人の異性を魅了させるのだろうか。
「・・・そんなに僕が気になりますか。アーリア先生」
アーリアと呼ばれた女教師は、微笑みながら足を組みなおした。
「いやですわ、アス先生。そんな野暮なこと、聞くものじゃありませんわよ?」
「そういう意味で聞いたんではないんですけどね。」
軽く言葉を返しながら、アスは足元いっぱいに広がってしまっている本や紙を片付けようと手を伸ばした。
もう何度目だろうかと、頭の中で少し悪態付く。
「怒ってらっしゃいます?」
その様子をソファーに座ったままの状態で見ていたアーリアは、肘置きに肘をつきながら、紅色に塗られた唇を歪ませた。
アスはアーリアの方を向くことなく、溜息を漏らす。
「こんなことしても無駄だって分かっているのに、何でするんだい・・・」
その口調はいつものアスに戻っているようだったが、声音からして単に呆れているのだと言う事が窺い知れる。
「うふ、ではアス先生のご自宅へ、ご招待してくださいます?」
「そんなことしたら、僕の家がぐちゃぐちゃになっちゃうじゃないか」
言っている本人、頭に思い浮かべるのはあの真っ黒な教会だったが、あそこの現状を知っている人が近くにいたならばきっと突っ込みをいれられていたことだろう。
お前が言うな、と。
「部屋を荒らすくらいなら、僕に直接聞い―――――っ―――!」
「・・・・嘘は、いけませんわよ。アス」
アスは息を止める。
自分と彼女との距離は、さほど遠いわけでもなかったが、だがしかし、距離はあったのだ。
それが、今では身体がくっつくほどになくなっている。
まるで絡みとられるかのように、アスの身体にくっつく女体は、アスの言葉を遮るように、人差し指をアスの唇に押し付けていた。
真っ赤なマニキュアが、鈍く光る。
「そろそろ、帰りませんと、ね」
「え、えぇ・・・」
ゆっくりと唇から指が離れていくのと同時に、ぴったりとくっついていた体が離れていく。
アーリアはそのままアスに背を向け、戸へと手を当てようとして、何かに気づいたかのように振り向いた。
「これって、間接キス、ですわよね・・・?」
言いながら、人差し指を自身の唇へと押し付け、楽しそうに小さく笑うと、今度こそ部屋から出て行った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・心臓に悪すぎる」
それはそれは深い溜息が、部屋の中に響き渡った。
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