Alice's Watch
6約束 side:S
「アリス様、アリス様!!」
ただ一人の名を叫んで走る。
この暗闇は人を喰らう闇、この感覚はこの身体に宿っているものと同じだ。
“光と闇の法則”、なんとなく、わかってしまう。
光があることで生まれる闇は、どうしようもなく求めてしまう。
焦がれて焦がれてやまないと、穢れたその手で光を求めた。
走りながら、シトは迷っていた。
「・・・っ・・・アリス様・・・」
吐息のように零れるその名は、求め続けたもの。
自分はこんなにも、
《・・・・今の君は、少し、感情的な気がするの。ううん、すごく感情的だと思う。だって元の君なら、絶対他の人にも優しいもの。》
いまだに心に残っているその言葉。
あんな別れ方をしてしまったから、なおさらなのかもしれない。
そんな事は無いのに、とシトは思う。
《小さくなって、心まで幼稚化してしまったの?》
貴女はすごく辛そうにそう言った。
私には、その方がとても気掛かりだったのに、貴女は相手のことばかり気にする。
そんな事は無いのに、またシトは思う。
「はぁっ、はぁ・・・・はぁっ」
この小さな身体はなんて弱いんだろう。
少し走っただけで息が上がる、足がもつれる。
額から伝う雫が、ぽたりと闇に溶けた。
気づけば、その足は走る事をやめていた。
「は、本当は、自分でも、信じられなかった」
急にいなくなってしまった貴女を、一人で追いかけていったあの時、自分には絶望だけが待っていた。
護りたいと思って、探して、けど閉じ込められて・・・・自分の弱さに反吐が出た。
「言うべき事は、たくさんあって、なのに、それを言う事を拒んでしまった・・・・護ると誓った貴女に、話そうとしなかった」
記憶が無くても貴女は優しくて、何も言わない私に、怒りもしない。
その優しさに、甘えてしまった。
・・・・こわかった、のかもしれない。
話してしまえば、きっと貴女に、
このまま進めば、貴女に会えるような気がする。
だが、本当に、自分でいいのだろうか。
あの夜教会で、静かに泣く貴女を、見ていられずに抱きしめた。
初めて感じたあの温もりは、ひどく安心した、けれど、拒絶されてしまった。
本当は、あの時から、自分はおかしくなった。
「始めは、本当に、ただの、罪滅ぼしのつもり・・・・だった」
言ったら、怒りますか?
これが、全て演技だとしたら、怒りますか?
「・・・・・怒るだろうな」
と思う。
もしかすると、嫌われてしまうかも。
それはシトが今一番恐れている事。
でも、許してくれるんじゃないかとも、思う。
勝手な思い込みだ、どれだけ自分は汚いんだとも、思う。
けど、優しい貴女だから、甘ったれてしまう。
俺は、アリスが欲しい
これが本当の自分で、自分は、こんなにも欲深い。
けど、けど、と迷いそうな心が叫ぶ。
君に会いたい
ピキッ
「!!」
何かが割れるような、そんな音が不意に聞こえた。
それが何なのか、何処からしたのか考える間もなく、疲れ切っていたと思っていた体が、軽くなっていくように感じた。
「これは・・・一体、」
わからない、なのに、頭の中では理解している。
繋がったのだ。
アリスが近くにいる、そう思った途端に、闇の向こう側から光の線が自分の足元までやってきた。
その光が身体の中に染み込むかのように感じると、また、ピキッ、と音がして、気が付いた。
元の姿に戻っていた。
「―――ス、アリス!!」
次には只管走っていた。
光で出来た道を、只管、只管、自分でも信じられないほど必死になって叫んでいた。
「アリス様、アリス様!!」
微かに向こうから足音が聞こえる、苦しそうな息遣いが聞こえる。
( ねぇっ 私は、ここ・・・・っ)
聞こえたその声は本当に苦しそうだった。
まだ少し、遠い。
「・・・っ・・・ここにいるよ、シトォー!!」
気づいたら、私は走る事を止めていた。
ゆっくりと、進んでいく。
そして、実感した。
―コツ、コツ
「・・・・・ねぇ、本当は、こうしたかった」
俯いた頬から、雫が伝って落ちている。
あぁ、また泣いている。
―コツ、コツ
「本当は、叫びたくて・・・どうしようもなくて」
あと一歩で、手に届く範囲。
そう思っていたら、俯いていた頭が上げられた。
―コツ。
「不安だったの。記憶が無くて、何も思い出せなくて。それでも貴方が、護るって言ってくれた・・・・・混乱した。」
あぁ、本当に、静かに泣くな。
なんて、綺麗なんだろうか。
「記憶が無い私は、偽者で、だから、記憶を取り戻してしまったら、消えてしまうと、思ったから・・・怖かったの、すごく」
そう素直に口にしてしまえる貴女の心はなんて、綺麗だろう。
何故、涙がそんなにも綺麗に見えるのか。
けれど、
「でも、きっと貴方は私を護ってくれる。今の私じゃなくなっても、私のカタチをしていたら、きっと護ってくれるって・・・だから、あの時、無意識に拒絶してしまったんだよ」
無意識のうちに伸ばした手は、きっと恐れているんだ、拒絶されることを。
けれど、貴女が心地よさそうに目を伏せるから、
本当は、貴女の笑顔が見たいんだと、気づかされる。
「苦しいの・・・・・・ねぇ、もう一度、私を抱きしめてくれますか」
言われた瞬間に抱きしめた。
このままいくと、潰してしまうかもしれない、そう思うと、急に切なくなった。
貴女がいると、一々気づかされる。
「・・・けどね、本当はもう苦しくないんだよ?」
アリスは微笑みながらそう言った。
その言葉に、シトはやっと口を開く。
「・・・本当ですか?」
自分でも、何処かおかしな質問だなと思った。
けど、貴女が小さく笑うから、それもどうでもいいことのように思える。
「本当の本当に」
アリスはテンポ良くそう言うと、おもむろにシトから離れようとした。
しかし、シトは力を抜こうとはしない。
そしてまたシトは気づく。
「ね、少しだけ離れて」
「何故ですか」
明らかに不貞腐れたように言ったのだが、アリスには少し解かりずらかったようだ。
ん〜と考えるように唸ったかと思うと、じゃあ言葉を代えるね、と急に顔を上げて、シトに自分の方を向くように言うと、
「私も、シトを抱きしめたいの」
そう、微笑んだ。
本当はすぐにそうしたかったけど、自分の手はシトと自分の間にあってそれが出来なかったから、と説明も付けていたが、シトには聞こえていなかった。
その呆けている様子に気づきもしないアリスは、シトの腕の力が抜けたと思うと、自由になった自分の腕をゆっくりと、未だに呆けているその背に回した。
そのままシトの胸に顔を埋める。
その動作が、どうしようもなく身体の奥を疼かせる。
「・・・・・・・ずっと、一緒にいて」
顔を埋めているせいで、くぐもっているその声は、どこか切なげで、シトは再び腕を回した。
そして、
「はい」
と一言応えると、アリスはシトの胸に顔を埋めたまま、口を開いた。
「・・・本当に?」
不貞腐れたようにそう言うアリスは、先程のやりとりを繰り返すつもりみたいだ。
シトはくすりと笑った。
それが気に入らなかったのか、アリスがう〜と唸ったのを見ると、シトは背に回る腕の片方を腰に回して強く掴み、軽く抱き寄せると、もう片方は頭に添えた。
それから、シトは少し屈んで、クリスタルがぶら下がっているその赤いピアスに口を近づけた。
「私が貴女を放しませんよ」
ゆっくりとした口調でそう言えば、アリスが息を呑むのがわかった。
今、この瞬間に貴女の顔が見られないのが残念だと思いながらも、少しも放す気はない。
「・・・・約束、だからね」
あったかいな、気づいていないだろうけれど、ぽつりとそう零している貴女も、感じているのだろうと思う。
これが、満たされていく感覚なんだろうなと、思いながら、また少し、腕に力を入れた。
気づかれないように、少しずつ、少しずつ、
この気持ちは、何だろうか。
二人の足元から光が広がる。
繋がりが、強くなる。
あぁ、ここから開放される。
この暗闇の空間が光で満たされていく中、私は離しはしなかった。
気づいてしまったから
隙間なんて無いこの距離を、
放したくないと、気づいてしまった。
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