Alice's Watch
3
再び鏡を見た。
「私は、誰・・・私は、“ドール”・・・・・?」
気づけばここにいた。
気づけば真っ赤だった。
気づけば“ドール”と呼ばれていた。
でも、何も思い出せない。
何も感じない。
「私は、誰なの・・・・」
自分ですら、わからない。
勿論、鏡に訊いても答えは返っては来ない。
いくら手をかざしてみても、何の反応もない。
またしばらくの沈黙が流れた。
鏡に、月明かりが線を引いて照らす。
その光が狭い部屋を一瞬で包み込む。
その部屋は、縫いぐるみだらけ。
「・・・・・・・ウサギ」
その縫いぐるみの中で、一際大きいウサギがいた。
それが鏡に映る。
(やっと、見つけた)
突然何処からともなく声がした。
まさか、このウサギの縫いぐるみが喋っている、なんて事は・・・・・・・
(そんな訳ないですよ。それは人形。喋りたくとも中は綿だ。)
・・・・・・・・・人形。
私と、同じ?
(本当に同じですか?私からは貴女の姿がよく見える。貴女は、人形なんですか?)
部屋に響いて何処から声がするのか分からない。
でもその声が、とても懐かしく感じる。
記憶がないのに?
感じる事も、考える事も出来ないのに?
心が、ないのに―――――――?
(貴女は人形なんですか?)
再び声が訊く。
わからない。
だから鏡を見た。
そこに映っているのは、私。
人形なら、こうも身体は動かない。
人形なら、呼吸もしない。
人間は、動く。
人間は、呼吸する。
それは何故?
私は、私は、
「―――――――生きているから」
その瞬間、私の中に流れ出す。
私の記憶が―――――――――――――
アリス!
それは穏やかな、緑いっぱいの場所。
私は、そう呼ばれてた。
目を開ければ、私の膝の上には分厚い本がある。
そう、私は本が好き。
アリス、何読んでるの?
また私は呼ばれる。
何、さっきから。
どうして私にばかり訊くの。
アリス?
そう、私はアリス。
本が好きで・・・・・・・・・・・それだけ。
だったら君は?
さっきから私に話しかけているのは誰?
君は誰―――――――――
(――――では、貴女は誰ですか?)
やっと分かった。
この声は鏡の中から聞こえる。
「私は、人形じゃない。私は“生きてる”。私は・・・・・・・・・・・アリス!」
リョロ。
そんな効果音が、聞こえたような気がした。
「え、手?」
急に鏡から腕が伸びて来たのだ。
その手はアリスを掴んで離さない。
(おや、意外と冷静な方ですね。驚かす方としては、面白くありませんが・・・・・・)
声が止めば、鏡から・・・・・リョロ、と言う効果音とともに足や胴が見えてくる。
そして――――――――――
「今晩は。いえ、今の貴女には初めましてかな?我が主、アリス・ミラージュ」
鏡から出てきたのは、それはそれは見目麗しい男。
いかにも清潔そうなスーツを纏い、右目にはモノクルをしている。
そう、この男。
すごく
「・・・あやしい」
アリスは思わず声に出してしまった。
だが、そう言われながらも、なぜか、笑っている目の前の人がいる。
「あぁ、自己紹介がまだでしたね。私はシトと申します。そして今日から貴女の従者です。アリス様」
もう夜が開ける。
この狭い部屋にも光が満ちる。
私はこのゆっくりとした風景に見とれた。
ゆっくりとこの男、シトが照らされるのをただ見ていた。
照らされた手を差し出すシト。
私に微笑むその顔は、従者と言いながらも私に拒否する事も、躊躇う事すら許さない。
ほら、気づけば私は手を伸ばしてる。
それを君は当然のように掴んでくる。
私はそのまま、シトに抱きかかえられると、日が昇る中、一つだけあった窓から飛び出した。
後ろを振り向く事はなかった。
end
第1話 〜始まりのドアは声が鍵〜
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