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Alice's Watch


再び鏡を見た。


「私は、誰・・・私は、“ドール”・・・・・?」


気づけばここにいた。

気づけば真っ赤だった。

気づけば“ドール”と呼ばれていた。


でも、何も思い出せない。


何も感じない。


「私は、誰なの・・・・」


自分ですら、わからない。

勿論、鏡に訊いても答えは返っては来ない。

いくら手をかざしてみても、何の反応もない。


またしばらくの沈黙が流れた。


鏡に、月明かりが線を引いて照らす。

その光が狭い部屋を一瞬で包み込む。

その部屋は、縫いぐるみだらけ。


「・・・・・・・ウサギ」


その縫いぐるみの中で、一際大きいウサギがいた。

それが鏡に映る。




(やっと、見つけた)




突然何処からともなく声がした。

まさか、このウサギの縫いぐるみが喋っている、なんて事は・・・・・・・



(そんな訳ないですよ。それは人形。喋りたくとも中は綿だ。)



・・・・・・・・・人形。

私と、同じ?



(本当に同じですか?私からは貴女の姿がよく見える。貴女は、人形なんですか?)



部屋に響いて何処から声がするのか分からない。

でもその声が、とても懐かしく感じる。


記憶がないのに?

感じる事も、考える事も出来ないのに?




心が、ないのに―――――――?




(貴女は人形なんですか?)




再び声が訊く。

わからない。

だから鏡を見た。

そこに映っているのは、私。

人形なら、こうも身体は動かない。

人形なら、呼吸もしない。

人間は、動く。

人間は、呼吸する。

それは何故?

私は、私は、



「―――――――生きているから」



その瞬間、私の中に流れ出す。




私の記憶が―――――――――――――







アリス!


それは穏やかな、緑いっぱいの場所。

私は、そう呼ばれてた。

目を開ければ、私の膝の上には分厚い本がある。

そう、私は本が好き。


アリス、何読んでるの?


また私は呼ばれる。

何、さっきから。

どうして私にばかり訊くの。


アリス?


そう、私はアリス。

本が好きで・・・・・・・・・・・それだけ。

だったら君は?

さっきから私に話しかけているのは誰?

君は誰―――――――――







(――――では、貴女は誰ですか?)




やっと分かった。

この声は鏡の中から聞こえる。


「私は、人形じゃない。私は“生きてる”。私は・・・・・・・・・・・アリス!」


リョロ。


そんな効果音が、聞こえたような気がした。


「え、手?」


急に鏡から腕が伸びて来たのだ。

その手はアリスを掴んで離さない。



(おや、意外と冷静な方ですね。驚かす方としては、面白くありませんが・・・・・・)



声が止めば、鏡から・・・・・リョロ、と言う効果音とともに足や胴が見えてくる。


そして――――――――――


「今晩は。いえ、今の貴女には初めましてかな?我が主、アリス・ミラージュ」


鏡から出てきたのは、それはそれは見目麗しい男。

いかにも清潔そうなスーツを纏い、右目にはモノクルをしている。

そう、この男。

すごく


「・・・あやしい」


アリスは思わず声に出してしまった。

だが、そう言われながらも、なぜか、笑っている目の前の人がいる。


「あぁ、自己紹介がまだでしたね。私はシトと申します。そして今日から貴女の従者です。アリス様」




もう夜が開ける。

この狭い部屋にも光が満ちる。

私はこのゆっくりとした風景に見とれた。

ゆっくりとこの男、シトが照らされるのをただ見ていた。

照らされた手を差し出すシト。

私に微笑むその顔は、従者と言いながらも私に拒否する事も、躊躇う事すら許さない。

ほら、気づけば私は手を伸ばしてる。

それを君は当然のように掴んでくる。


私はそのまま、シトに抱きかかえられると、日が昇る中、一つだけあった窓から飛び出した。








後ろを振り向く事はなかった。








end


第1話 〜始まりのドアは声が鍵〜
 

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あきゅろす。
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