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Alice's Watch
2君のいない幻に
 

「つー訳だ、シト。テメーがアリスちゃんを呼んで来い」

説明もないこの状況で、どこにその訳とやらがあったのだろうか。
本人に聞いたところで答えが返ってくることはないだろうと、シトは聞き返すことをしなかった。

「ちょっと、まだ朝食の席に着いたばかりじゃないか。いつも唐突過ぎるんだよ、キミは」

「何言ってやがる。こうしている間にも、刻一刻と取り返しのつかない状態になってるんだぞ。」

言いながら、三十路近い歳とは思えないほど豪快にフランスパンに噛り付く男に、果たして刻一刻という状況の意味が解かっているのかは謎である。

「・・・で?シトくんに何をやらせるつもりなんだい。ドゥリー・ドンキリー博士殿は」

ドゥリー・ドンキリー博士、彼は歳こそ三十路近いが、世界を振るわせられるほどの頭脳と才を持つ、天才カリスマ科学者である。
という風に、大げさに言うほど自称じみたところが見え隠れしてはいるが、腕は確かである。

「ドードー博士と呼んでくれて大いに結構だぜ?」

「キミって、本当に顔と言葉が怖いくらいマッチしてないよね。せめて嬉しいなら嬉しいで、感情を表情にだしてよ」

「俺様以上に解かり易い人間はそうそういないぜ?・・・・と、本題はいるか」

噛り付いているパンはそのままに、博士はおもむろにアリス人形を自分の目の前に置き、どんな時でも好奇心の光を絶やさないエメラルドの瞳で見つめた。

「・・・・・・・・ふむふむ。だいぶ深く堕ちちまってるな。相当の術者みたいだな、これかけたの」

「え、でも、シトは不完全な術だって言っていたよ。」

「誰がしたんだ。」

「・・・ハーディだよ」

アスは言いながら目を伏せていた。

「・・・そうか。テメーら兄弟は顔そっくりさんの癖して性格バラバラ、加えて言葉少ねぇからそんなことになっちまうんだっての。
 それより、シト、テメー何ずっと黙ってやがんだ」

「・・・・・・・いえ」

「おい、アス。テメー何かしたのか」

「したとしたら博士の方だとしか思えないんだけどな。でも、そうだな・・・・・今のシトくんにも、アリスが元の姿で移らなくなっているとか。」

「ぁん?そんなの俺達もだろうが」

「違うよ。ほら、僕たちがここに着いた時、シトくんはまだ本来の姿だったでしょ。あの姿のときはシトくんにはちゃんと元の姿のアリスが写っていたらしいんだ。」

「・・・・あぁ、今はガキに戻ってるもんな。俺的には一瞬時間が戻ってきたのかと思ったぜ。髪とか色変わってるが、姿はあの時とそう変わってないもんな」

博士は懐かしいと思っているような口調とは裏腹に、一瞬哀れみのような目をシトに向けたが、その口は一生懸命フランスパンを噛んでいた。
しかし、シトはそんなことも気にはせず、ただじっと、アリス人形を見つめていた。
目の前にある料理には手を付けるつもりはないらしい。

「ほぉ。そんなに助けたいか、アリスちゃんを」

「はい」

「さすがにいい返事だな。なら、とっとと行って来い。アリスちゃんは、お前を待ってるんだ、シト」

シトがこくりと頷くと、勢い良く博士が立ち上がった。
手を着ている白衣の胸元に差し入れると、そのまま何かを取り出した。
取り出したそれを肩に担ぐ。

「師匠、それはバズーカですか」

シトは自分でも驚くくらい冷静に疑問にもならない質問をしていた。
その大きく空いた銃口からは一体どれくらいの大きさの弾が出てくるのだろうか、シトはやはり冷静に考えていた。
銃口の縁が、きらりと光ってターゲットを狙っている。

「いいかぁ、シト。お前は暗闇がどんなものか知ってる。それと同時に、光がどんなものなのかも。忘れんじゃねぇぞ?光と闇の法則だ」

どんな法則なんだ、シトが疑問に思っている間に、恐ろしいほど間近にあるバズーカのトリガーが引かれていた。

「“キミにアイタイな銃”だ――――――――――逝ってらっしゃい!!!」

また一つお決まりの台詞を聞きながら、相変わらずネーミングセンスの欠片もないなと一瞬頭のどこかをよぎったが、あっと言う間にシトの視界は闇色一色になった。




「・・・・逝ったな。」

「さっきからイントネーションおかしいよね。ま、いつもだけど」

「テメーは行かんでもよかったんか」

博士は一仕事終えたというように、溜息を吐きながらどかりと椅子に座りなおした。
その手には再びフランスパン。

「意地悪い質問だね。僕じゃ役不足だって知ってて言ってるんだから」

「相も変わらず根性なしか。そういうの、ヘタレっていうらしいぞぉ」

「いいんだよ。また、繋がっただけでも、僕はそれだけで」

アスは紅茶をすすりながら、小さく呟きながら言っていた。
さっきまで誰よりも朝食朝食言っていた本人は、これまた食べる気はないらしい。
ちらりとその様子を観察しながら、博士は一人、それでもがつがつと食べていた。

「あいつらが帰ってくるの待ってるつもりらしいが、たぶん、テメーはここにはいられないと思うぜ。さっさと食っとけよ。今時のよく喋るお子ちゃまの相手は体力いるだろ」

「うん、実は、そろそろ行かなくちゃいけないんだよね。だから、どっちみちもう時間無いんだよ。よかったら僕のも食べて。二人のは食べちゃ駄目だからね」

「なんだ、もう行くのか」

いいながら向かいにある皿を、自分の方に引き寄せている博士。
その様子を見ながら苦笑したアスは、席を立った。

「私立の宗教校だから、さすがに2日休むときついんだ。怪我も結構治ってきたし、変に怪しまれても困るからね。」

アスは言いながら長く伸びた自身の髪を巻き上げるようにして上げると、その上から同色のウィッグを被った。

「今日も白衣借りてくよ」

「いいぜ。にしてもよ。テメーそうしてると頭良く見えるよな。鬱陶しい髪なんざ切っちまえば?」

感心しているような言い方とは裏腹に、顔はにやにやしている博士。
そんな博士に、アスは呆れた素振りをした。

「博士にだけは言われたくないなぁ。その黒い艶々な髪は相変わらず羨ましい限りだよ。それじゃ、二人をよろしく。例のものは僕の部屋にあるからね」

「ほいほい。いってらっしゃ〜い」



ぱたりとドアは閉まった。





 

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