Alice's Watch
1目覚めてすぐの恐怖
「―――ト、シト。おい、起きろ」
・・・何だ?誰かが呼んでる。
頭が痛い、早く、起きなければ。
「起きろっつってんのが聞こえねーのか?しょーがねぇな」
あぁ、さっきから頭にゴツゴツと何かが当たっていたから痛かったのか。
その痛みが消えて目を瞑ったままホッとしていると、覚醒しつつある感覚の一つ、聴覚から聞き覚えのある音をキャッチしてしまった。
かちゃり。
「お前をこれで起こすのは久しぶりだよな。何年ぶりだ?久しぶりすぎて外したら・・・ま、そん時はそん時か。」
「〜〜〜〜っっっっ!!!」
―ガバァッ
「なんだ。起きたのか。残念」
くそ、急に起きたせいで余計に頭が痛くなってきた。
シトはガンガン鳴る頭を抑えるように左手で抱えていた。
それ以上に、横から感じる気配を意識しないようにしているようだった。
「はは、お前そんな風に現実逃避するようになったのか。生意気だな」
かちゃり、とシトの寝ているベットの横に何かが置かれた。
見てはいけない、そう頭では痛いほど警報が鳴っていたが、身体に染み付いてしまっているらしい動作はどうにも制御不能らしい。
シトは一生分の苦労を背負っているかのような絶望を含ませた目でそれを見た。
シルバーのハンドガン。
「・・・・・・・・・・・・」
「ぁん?テメー本当に起きてんのか?やっぱ、一発、やっとくかね」
恐ろしい言葉が聞こえたが、シトは反応する事が出来なかった。
頭の中では止めろ止めろと叫んでいる。
訳が分からず、それでも身体は嫌というほど恐怖している。
知っているのだ、この状況を。
言ってしまえば、デジャブだ。
感覚だけのデジャブであることを、シトは祈らずにはいられなかった。
いや、大丈夫だ、銃は自分の横にある。
いざとなったらこれを何処かに投げてしまえばいい。
シトは何処か汗をかきながら、そんなことを痛む頭を抑えながら考えていた。
がちゃ、がちゃり。
・・・・は。
「テメー、本当にシトか?俺様が知ってるシトは、もっと賢かったけどな。」
今度こそ本気で頭が潰れるほど警報が鳴った。
デジャブ、シトの目には絶望の象徴が写っていた。
サブマシンガンとライフル。
見たところどちらもコッキングタイプに見えるそれは、果たして両手に持ったところで打てるのだろうか。
それにそんな反動が大きいものを片手で扱えるのだろうか。
今のシトには本当にどうしようもない疑問が次々と浮かんでいた。
その心は手に汗を握るほど焦っている。
「俺様を嘗めるなよ。どんな無理な体勢でも、どんなにヨボヨボな爺さんでも装備可能な軽量化&反動軽減。
それと、コッキングタイプに見せかけて、実は固定スライド&フルオートだ。俺様に不可能はない」
めちゃくちゃだ。
シトの瞳は見開かれながら絶望に震えていた。
異なる二つの銃口を焦点が合わない状態で確認すると、そのまま視線は上へと向いていく。
瞬時に目が行ったのは、見覚えのある、嬉々とした言葉とは裏腹に無反応な口元と、それとはまた正反対なほど好奇心で詰めあわされたエメラルドの瞳だった。
この状況全てに見覚えがある、という言い方で留まるのならまだ救いだが、正しくは経験した、と言った方が、正しいも何も事実だ。
どれもこれも経験して、記憶の端に追いやって綺麗さっぱり忘れていると思っていたのがこんなにも鮮明に思い出すものだから、次に自分がする行動を覚えていないわけがない。
全力で死ぬ気で避ける。
「俺を、退屈させるなよ?」
それがお決まりの台詞で、合図だった。
「あちゃー・・・やっぱりこうなったか」
アスは開口一番苦笑していた。
その様子がさらにシトの機嫌を逆なでしていることに、アスは気づかない。
「おっと、邪魔すると、風穴開くぜ」
「やだなー、風穴って・・・・この部屋蜂の巣になってるよ〜」
「ふー、ふー・・・っ」
「お、見ろよ、アス。ウサギがいっちょ前に威嚇してるぜ」
元々窓一つなかった部屋が、ものすごい勢いで換気されていた。
そんなみすぼらしい部屋の片隅で、すっかり据わりきっている目を、こちらに向けているシトがいた。
それはまるで凶暴な肉食獣にも屈しない、草食動物の姿のようだった。
「・・・やめてやめて。やっとの再会に歓喜するのもわかるけど、君のは愛情の裏返しし過ぎだから。ご飯出来たから、ほら、食べるよ」
「・・・・・・・・それを言うなら、“狂喜”の間違いでしょう」
「ぁん?やっと喋りやがったと思ったら、そういうこというのか、クソ生意気になりやがったなぁ、クソ弟子が。」
「・・・・・・・・・・・」
「俺に、言う事はないのかよ」
「・・・・・・・お久しぶりです、師匠」
シトは言いながら部屋の片隅から一歩出ると、小さく頭を下げた。
それから再び顔を上げると、相手を思い切り睨み付ける。
「はっ いい目、してるじゃねぇか」
「・・・・はいはい。そろそろ朝食に向かいますよ、お二人さん。食べながら考えよう。アリスの事を」
「・・・えぇ」
シトは睨みつけていた相手から視線を外すと、先程から気になっていたアスの腕にあるものを見つめた。
再び見たその存在は、何処から見ても人形にしか、見えなくなっていた。
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