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Alice's Watch

 
「・・・・・・・少し、安心しました。」


アリスはシトを見上げた。


「記憶をなくされた貴女は、あまりに喋らなすぎたので・・・・。」


シトは時計を抱いているアリスの手に、そっと自分の手を重ねた。

手袋をしていても分かる、人の温もり。

しばらくそうしていると、アリスは不思議に思ったらしく、首を傾げてシトを見ていた。

その姿を見て、シトは少しだけ、微笑んだ。

そして、ゆっくりと手を離す。


「・・・私は、記憶なんて、関係ないと思ったんですよ。だって貴女は、そんなもの無くとも変わらない。変わらずにこうして私の前に、存在している。ならば、今の貴女を、護ろう、と。」


それは独り言のようにも聞こえる。

どこか哀しい声だった。


「私ね、小さい私に会って、思い出した感情があるの。“悲しむ心”。小さい私は、私の記憶が消える瞬間を、鏡が割れるのと同じだと言ってた。だから想像してみたの。そしたらね、すごく悲しくなってきて、泣いてしまった。だって、割れたら、割れてしまったら・・・・・それがどんな鏡だったのか、分からないでしょう?どんな形で、どんな風に相手を映して、どんな風に立ってたのかも・・・・・分からなくなる。そんなの―――――」


そんなの、悲し過ぎるでしょ?


・・・最後まで、堪え切れなかった。

また泣いてしまった。

今度は、彼の腕の中で・・・


「・・・だから、嬉しかった。きっと、君と逢って、初めて手に入れた感情なんだと、思う。あの時、私を見つけて、分かってくれた。今もこうして、傍にいてくれる。・・・・・・記憶が無くても、私だと、言ってくれる。」


アリスは一瞬だけシトの服を強く握ると、そのまま自分たちを引き離した。

それでもシトの瞳には、ただ静かに泣き続けているアリスだけが映っている。


「・・・っ・・・でも、でも違う。今の私は、私じゃないの。だって私には記憶が無い。君は私の事知ってるんだろうけど、私は・・・・・知らないもの。」


“不安で仕方がないでしょう?”


そう、あの時、もう一つの感情を思い出してた。

“恐れる心”――――

ここにいる二人も、あのチェシャという猫も、“前”の私を知ってる。

過去の私。

じゃあ、今も過去もない“今”の私は?

“今”の私は今ではないの?

じゃあ誰?

私は本当にアリス?


何故誰も何も教えてはくれないの―――――


「・・・・・・一つだけ、確かなのは、“前”の私にとって、自分よりも大切なものがあったって事。だから、“今”の私には、それを護ることしかない。」


それが君―――――。

シトは言葉が出なかった。

自分の目の前を指すその指が、体中を射抜いたように感じた。


「・・・私に、貴女を護らせてはくれないのですか。」


指は下ろされたが、それでも何かが、刺さっているような感覚。


「私がダメと言ったところで、君が私の言うことを聞くとは思えないんだけど・・・・」


それは突拍子もない不意の言葉だった。

アリスは腕を組んで真剣に考えている。

勘だけど、と付け加えて・・・。

思わず笑いが込み上げた。

それは笑うと言うには静か過ぎるのかもしれないが、それでもシトには久しぶりにした声を上げた笑い。

ほら、また貴女は不思議そうに首を傾ける。

やはり貴女はアリス。


「ねぇ、私には何処が笑う所なのか、分からないけど・・・・。そんなに可笑しい?」


アリスは自分が何か言ったのだろうかと、また考え込んでしまった。

そういえば、昔も、貴女はそうだった。


「あぁ、いえ、別に何でもないんです。えぇ、私はその命令だけは聞きません。勝手にやらせて頂きますよ。アリス様。」


「・・・・私には必要ないと思うけど。でも好きにしていいよ。―――――シト」


そこで突然、ぴょこん、という音が・・・・聞こえたような気がした。

アリスは何かと見回していると、視界に白い物が入って来た。

それは長くて、細くて、ぴくぴく動いている。

とても触り心地よさそうな・・・・耳。


「あー、シトくん耳出てるよぉ。お耳が4つになってるよぉ。あれ、こう言ったら聞こえが良くないかも・・・」


と、変なところを気にしながらアス登場。

何の脈絡もなしに出て来たのだが、アリスもシトも驚く風を見せなかった。







 

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あきゅろす。
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