Alice's Watch
2
「・・・・・・・少し、安心しました。」
アリスはシトを見上げた。
「記憶をなくされた貴女は、あまりに喋らなすぎたので・・・・。」
シトは時計を抱いているアリスの手に、そっと自分の手を重ねた。
手袋をしていても分かる、人の温もり。
しばらくそうしていると、アリスは不思議に思ったらしく、首を傾げてシトを見ていた。
その姿を見て、シトは少しだけ、微笑んだ。
そして、ゆっくりと手を離す。
「・・・私は、記憶なんて、関係ないと思ったんですよ。だって貴女は、そんなもの無くとも変わらない。変わらずにこうして私の前に、存在している。ならば、今の貴女を、護ろう、と。」
それは独り言のようにも聞こえる。
どこか哀しい声だった。
「私ね、小さい私に会って、思い出した感情があるの。“悲しむ心”。小さい私は、私の記憶が消える瞬間を、鏡が割れるのと同じだと言ってた。だから想像してみたの。そしたらね、すごく悲しくなってきて、泣いてしまった。だって、割れたら、割れてしまったら・・・・・それがどんな鏡だったのか、分からないでしょう?どんな形で、どんな風に相手を映して、どんな風に立ってたのかも・・・・・分からなくなる。そんなの―――――」
そんなの、悲し過ぎるでしょ?
・・・最後まで、堪え切れなかった。
また泣いてしまった。
今度は、彼の腕の中で・・・
「・・・だから、嬉しかった。きっと、君と逢って、初めて手に入れた感情なんだと、思う。あの時、私を見つけて、分かってくれた。今もこうして、傍にいてくれる。・・・・・・記憶が無くても、私だと、言ってくれる。」
アリスは一瞬だけシトの服を強く握ると、そのまま自分たちを引き離した。
それでもシトの瞳には、ただ静かに泣き続けているアリスだけが映っている。
「・・・っ・・・でも、でも違う。今の私は、私じゃないの。だって私には記憶が無い。君は私の事知ってるんだろうけど、私は・・・・・知らないもの。」
“不安で仕方がないでしょう?”
そう、あの時、もう一つの感情を思い出してた。
“恐れる心”――――
ここにいる二人も、あのチェシャという猫も、“前”の私を知ってる。
過去の私。
じゃあ、今も過去もない“今”の私は?
“今”の私は今ではないの?
じゃあ誰?
私は本当にアリス?
何故誰も何も教えてはくれないの―――――
「・・・・・・一つだけ、確かなのは、“前”の私にとって、自分よりも大切なものがあったって事。だから、“今”の私には、それを護ることしかない。」
それが君―――――。
シトは言葉が出なかった。
自分の目の前を指すその指が、体中を射抜いたように感じた。
「・・・私に、貴女を護らせてはくれないのですか。」
指は下ろされたが、それでも何かが、刺さっているような感覚。
「私がダメと言ったところで、君が私の言うことを聞くとは思えないんだけど・・・・」
それは突拍子もない不意の言葉だった。
アリスは腕を組んで真剣に考えている。
勘だけど、と付け加えて・・・。
思わず笑いが込み上げた。
それは笑うと言うには静か過ぎるのかもしれないが、それでもシトには久しぶりにした声を上げた笑い。
ほら、また貴女は不思議そうに首を傾ける。
やはり貴女はアリス。
「ねぇ、私には何処が笑う所なのか、分からないけど・・・・。そんなに可笑しい?」
アリスは自分が何か言ったのだろうかと、また考え込んでしまった。
そういえば、昔も、貴女はそうだった。
「あぁ、いえ、別に何でもないんです。えぇ、私はその命令だけは聞きません。勝手にやらせて頂きますよ。アリス様。」
「・・・・私には必要ないと思うけど。でも好きにしていいよ。―――――シト」
そこで突然、ぴょこん、という音が・・・・聞こえたような気がした。
アリスは何かと見回していると、視界に白い物が入って来た。
それは長くて、細くて、ぴくぴく動いている。
とても触り心地よさそうな・・・・耳。
「あー、シトくん耳出てるよぉ。お耳が4つになってるよぉ。あれ、こう言ったら聞こえが良くないかも・・・」
と、変なところを気にしながらアス登場。
何の脈絡もなしに出て来たのだが、アリスもシトも驚く風を見せなかった。
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