Alice's Watch
5
「ま、嬉ついでに聞くけど、君たち今までの記憶はあるのかい?」
アスは明らかにシトを見ながら聞いた。
シトは常人では分からないほどの微かな反応をした。
「アリスはその分だと、あれから何年経っているかもわからないんだろうね。十年だよ。君がこの世界から消えて十年。つまり、アリスが七歳の時。やはり、何も覚えてはいないんだね?」
アリスはまたも頷く。
アスはそれを確認すると、今度はシトの方を向いた。
「シト、君が消えたのはアリスがいなくなってから二年後。八年間もの間、十一歳だった君は、一体何処で何をやっていたんだ?!それに、檻って何だ?消滅ってどういうことなんだ!!」
それがアスの大きな疑問のようだった。
これほどの感情を隠しきれるというのは、やはり神父といえよう。
シトも、こればかりは口を開いた。
「大体、察しはついているんでしょうけど、そうですね、言える事はたった一つ。閉じ込められていたんですよ。八年間。ついこの間まで、ですが。」
シトは何も苦じゃないと言うかのように淡々と言ってのけた。
だがその言いようは、アスを納得させるには逆効果であった。
「閉じ込められていた、だと?それも八年間。馬鹿にしないでもらいたいな。それだけの時間があって、僕が子供一人を見つけ出せないわけがない!!世界は狭いんだ。表も裏も探し尽くしたんだぞ!!!・・・・っ・・・」
叫んで、少しは楽になったのか、アスは自ら平静を保とうとした。
シトもそれを待っている様だった。
「・・・・・・本当に、何処にいたんだ。僕は、そう、二人を探すのに、かなりの汚いことをやってきたよ。なのに、見つからなかった。」
一言一言ゆっくりと言いながら、アスは脱力していった。
自分の無力感をひしひしと感じているのだろう。
「そうですね。世界が思っているよりも狭いと言うには、やはり私たちは小さすぎるようです。実際、貴方は見落としていたのですから。」
笑っていた。
それは皮肉でも、怒りからのものでもない。
だが、心からの笑みとも言えない。
本当に何とも思っていないのではと思わせるような微笑。
「見落とす・・・・・・?」
「ここ、何が入り口でしたっけ。」
わざと焦らした言い方をしながら、シトは手についているテーブルの残骸を落とし、人差し指を下に向けた。
アスはものの数秒としない内にその答えが分かった。
だが信じられないといった顔をしている。
その顔を見て、シトはムスッとしていた。
単に眉を寄せているだけだが。
「なんですか、その反応。まぁ、私から言えるのはそれだけですよ。」
その言葉にアスは、シトにくって掛かった。
「ま、待って!まだ何か隠してるだろ?何故閉じ込められてたとか、消滅のことだって――――むぐほっ!?」
アスは一瞬で黙らせられた。
お口をお菓子の詰め合わせにされて・・・。
そしてやはり笑顔のシト。
まぁ、こういった時のシトの笑みは、何処か楽しそうではあるのだが。
「ふほふん!ほふは、ふぁっひふぁふぉふぉふぉっふぇふぁんふぁふぇふぉ。ふぃふふぃふぃふぁ、ふぇふふぃふぇふぁふぇふぁふぉ!!?」
「いいですか?私はこれ以上、何も言うつもりはないんです。私なんかの事より、今はこの現状を―――」
話している途中で、シトは袖を引っ張られていることに気付いた。
まるで子供のように無邪気な顔をしているアリスがいた。
「違う。あの人、さっきから思ってたんだけど、いつ君はえすに目覚めたの!!?って言ってる。・・・・えすって、何。」
シトは半ば動揺した。
アスの意味分からない言葉を解釈出来た事もだが、何より、アリスの言葉のように聞こえたからだ。
しかも、分からなくて自問自答している姿ときたら――――――
「ごっきゅん!!ほ、本当に可愛い!うんっ、僕がこの世の成り立ちはSとMがあってこそなんだと、熱く語ってあげ――――ふお!!?」
グサグサグサグサグサ、と黒くて鋭利なものが再びアスを壁に貼り付けた。
その速さは目にも留まらないくらいである。
折角着替えたというのに、今度はそこら辺が穴だらけだ。
「し、シトくん、言おうと思ってたんだけど・・・。お願いだから、静かに攻撃してくるの、止めてくれないかな。これ、すごく精神的に削られてるような気がするんだよね。」
「?だからしてるんですよ。」
シトは怪訝そうな顔をしていた。
“何を今更”と顔が語っているのである。
アスは泣きそうになった。
「いや、うん、本当、君の“グリフ”がご健在で何よりだよ・・・」
アスは何もかもを現実として受け入れようとしていた。
話を変えたのは、乗り越えたからなのである、と思いたいアスであった。
そこへアリスは一つの疑問を口にした。
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