忘却葬送曲
finale後編 9
焼けるように熱かった左目は、いつの間にか綺麗に完治していた。
完全に潰れ、もう二度と見えないだろうと医者には言われていたのに。
全身の痛みも、何処かへ消え去ったようになくなっている。
(・・・そんな事、今はどうでもいいか)
消毒液と血の匂いが入り混じる、怪我人で溢れた病棟を、僕はふらふらと出て行った。
ざりざりと、砕け散った建物の破片を踏みしめる嫌な音が、やけに静かな街に響く。
真っ黒に焦げてしまった並木を頼りに、見る影もなく破壊された道を、僕は歩いていった。
その場所に辿りついた僕は、感情の無い目を向け、立ち尽くしていた。
元の姿を思い起こす事も出来ない、瓦礫の山となった校舎を、じっと見上げる。
校門の前は手向けられた花束、お菓子や飲み物などで、奇妙に華やかだった。
大勢の人々が、その場で手を合わせ、すすり泣いている。
もしかしたらその中には、クラスメートの家族が混ざっているかもしれなかった。
数日前の朝、突如として始まった激しい空爆は、学園祭当日、生徒達が最後の準備を進めていた校舎に、強力な爆弾を一つ投下していった。
・・・そこに居た人間は、誰ひとりとして助からなかった。
ふと足元に視線を落とすと、桃色の薄紙が落ちている。
校門を飾っていたアーチの、紙花の切れ端だった。
僕が拾い上げる前に、それは風に吹き飛ばされて、青空を高く舞い上がっていく。
まるで桜の花びらのように綺麗だと、思ってしまった。
(どうして、僕だけ、ここにいるんだろう)
あの日、僕は忘れ物に気付いて、急いで校舎を飛び出していた。
なんて酷いどじを踏んだんだろう。そのせいで僕は今、こうして一人で立っている。
(ここに居るのが、他の誰かだったら良いのに)
ぼんやりと虚空を眺めていた僕の方へ、急いで駆けてくる少年がいた。
「真琴! 勝手に病院から抜け出さないでよ、心配した・・・」
「・・・透夜」
僕に抱きついた彼は、泣きそうに歪む顔を隠すように、僕の胸に頭を埋めた。
松葉杖を突き、ゆっくりとその後を付いて来た彼が、安心させるように微笑む。
「真琴君、帰ろう。ここには何も残っていない、俺達は先に進むしかないんだ」
「孝一さん・・・」
僕と透夜の背中を軽く数度叩くと、孝一さんは持っていたジュースの缶を地面に置き、手を合わせた後、それをまた手に取って、今度は僕に手渡した。
「寂しいけどな・・・それでも、笑っていろよ。生きている人間にしか出来ない事を、お前があいつの代わりにやってくれ。そうしてくれれば、俺だって笑っていられるんだ」
冷たい缶を握ったままでいる僕に、彼は笑って言う。
「ぬるくならない内に飲みなさい。せっかく遠くまで行って買ってきたんだ」
「真琴、日干しになっちゃうから飲みなよ。あと、一口分けてね」
僕は手元の缶に視線をやり、寂しげな笑みをこぼす。
正志や智洋が好んで飲んでいた、あのメロンソーダだった。
どうしてみんな、これが好きなんだろう。色も味も、人工的なのに。
作り物だとしても、そこに幸せな夢があるから、つい手を伸ばしたくなるのかな。
僕が缶のプルタブを開けようとした、その時。
「・・・お前が、生徒会長の近江真琴か?」
自分の名前を呼ぶ低い声に、僕は顔を上げる。
そこには、頭に包帯を巻いた、二十代前半くらいの若い男が立っていた。
男の目は酷く血走っていて、夢を見ているかのように虚ろだった。
彼の手には、鈍く光る小銃が握られていた。
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