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忘却葬送曲
finale後編 7

周囲を見渡した僕は、状況の異常さに気付く。

永井さんや透夜は全く身動きせず、時間が止まったかのように固まっていた。
見上げた空の雲も、風に揺れていた枝も、噴水の水も、時間を忘れたように停止している。

「先程の旋律で、この世界は一時停止させられているんだ。今この世界で動いている人間は、君と僕だけだよ」

「・・・それで、あなたは何者で、何をする為に現れたんですか?」

冷静さをどうにか取り戻した僕は、目の前に居る僕に質問した。
彼は顔から笑みを消すと、無機的な声で告げる。

「実験は既に終了した。だから、君がこの世界から消滅するかどうかは、君自身の意思に委ねられている。・・・でもその前に、僕は君に返すべき物がある」

「実験、返す物・・・?」

全く理解できない話に、僕は唖然として訊き返す。

「さっき君は気付いたよね、自分の記憶の欠落に。それは今、僕が預かっている」

ただのひとりも思い出せなかった、生徒会の役員達の顔。
会長として仕事をしていた覚えはあるのに、そこに一緒に居るはずの彼らが思い出せない。

その記憶を、僕が透夜にしたように、彼が握っているというのか?

「でも、どうして・・・あなたがそれを、預かっているんですか?」

「以前に一度、君はこの世界から消えようとした事がある。僕はそうさせない為に、君にとって一番重い記憶を消し去った。・・・君にとって世界そのものだった、大切な人達の存在を」

「消えようとした・・・」

自身の勝手で変えてしまった世界、そこで生きる事を、僕は使命のように感じていた。
その事に、耐えられなくなった事があったんだろうか・・・?

「あの戦争の忘却。それは僕がかつて望み、実現する事のない夢だった。
僕が君にその力を与えた事で、こちら側の世界とこの世界は、進む未来を違えた」

彼は悲しげに微笑みかけ、僕に話し続ける。

「君自身が望んだ事とは言え、酷なことをしたと思うよ。・・・彼らの存在を世界から消した事に、君は何よりも苦しんでいた。自分しか、彼らの死を悼む人間がいない事に、君は耐え切れなくなったんだ」

そう言われた僕は、誰にも参られる事がない、無数の墓石を脳裏に浮かべる。
・・・そんな寂しい世界にしてしまったのは、僕なのだ。

「数多の人の死を、僕はこの世界から忘却させてしまいました。
その事にはこうして耐えられているのに、・・・矛盾していますね」

「人の命は、数えられる物ではないから。それが自然じゃないかな」

そこまで言うと、彼は僕に一枚の紙を差し出した。
特殊な記号で描かれ、おそらく僕以外には理解出来ないそれは、楽譜だった。

「それを奏でれば、失くした記憶を取り戻せる。抱えている膨大な記憶と共に、君がこの世界から消えるつもりなら、持っていくべきだと思ったから」

「・・・僕の忘れ物を、あなたは届けに来てくれたんですね」

「その記憶は、また君を苦しめるだろうけど、・・・それだけじゃないと信じているよ」

僕は彼に頷くと、迷いなく旋律を奏で始める。
酷く懐かしさが込み上げてくる、子守唄のような調べ。

・・・失われていた記憶が、僕の中へゆっくり流れ込んでいく。


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