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忘却葬送曲
finale後編 3

「お帰りなさいませ、ご主人様・・・って、ああ、透夜君・・・来ないでって言ったのに」

「新島先輩・・・あの、似合っています」

「わあ、すごいね。この衣装、手作りなの?」

「はい・・・うう、近江さんまで来るなんて、恥ずかしくて死ぬ・・・」

白いエプロンドレスに、丈の長い黒いワンピースを着た彼は、顔を赤らめて伏せた。
おしゃれに飾られた店内は、執事に格好良く扮した女子生徒と、メイドの衣装を照れ臭そうに着ている男子生徒が、元気に切り盛りしている。

〈男女逆転喫茶店〉と銘打った3−Aの出し物は、かなり繁盛しているらしく、入口の前にはどこの教室よりも長い列が出来ていた。今日の一番人気は、このクラスで決定かもしれない。

新島君に席へ案内された僕達は、小さなメニューを手渡された。

「それでは、注文が決まったら声を掛けて下さい。・・・あっ藤堂、こっち来て!」

新島君に呼び止められた男子生徒が、ぱっと振り返ってこちらを向いた。
テーブルに近付いて来た彼は、座っている僕らを順に見回していく。

「透夜、来てくれたのか! それから・・・近江さんと永井さんでしたっけ? この前、墓地でお会いしましたよね」

「ああ、お疲れさん。メイドの格好はしないのか?」

永井さんの質問に、シンプルな黒いエプロンを身に着けた彼は苦笑を浮かべた。

「調理専門なんで。俺がウェイトレスなんかしたら、視界の暴力でしょう?」

「ずるいなあ、藤堂。俺だってそうしたかった・・・」

渋い顔をして自分の格好を眺めている新島君に、藤堂君は首を横に振る。

「お前がしなきゃ、誰がするんだよ。透夜もそう思うだろ?」

「まあ、確かにそうですね・・・藤堂先輩、顔がにやけていますよ」

妙に嬉しそうな彼に、呆れたような声で透夜が言った。

「生意気な奴め」と言って、透夜の頭をわしゃわしゃと撫で回すと、藤堂君は満足気に自分の持ち場へと戻っていった。その後を、一度軽く頭を下げた新島君が笑って付いて行く。

「なんか、あいつらを見ていると、妙に懐かしい気分になるな・・・」

「学生時代を思い出しますよね、あんな素敵な関係を見ていると」

「それもあるが・・・いや、まあ気のせいか」

心に引っ掛かった何かを自己完結すると、永井さんは視線をメニューへと移した。
妙に懐かしい・・・か、それに良く似た感覚を、僕は過去に何度も経験している。

最初は、正志と大学で知り合った時。
次に、彼の息子である透夜と、初めて顔を合わせた時。
それから、永井さんのお父さん、孝一とあの洞窟で出会った時。
務めている図書館で、新島君や水野君を見かけた時。

そして・・・永井さんと出会った時、あれは孝一さんと出会ったせいかもしれないけれど、同じような感覚をしっかり味わった。

何故だろうか、懐かしいと思う理由が見つからないのに、その感覚だけは鮮明だ。
例えば、過去に同じような人物に会っているとすれば、その人に似ているからだと解るはずなのに、そんな記憶が僕にはない。

自分の記憶を、無意識の内に忘却したとしたら?
・・・それは無理だ。”旋律”を奏でる事は、自分の意思が無ければ出来ない。

「そう言えば、真琴さんは生徒会長だったんだよね。どんな仕事をしていたの?」

透夜に尋ねられた僕は、考えていた疑問を中断して答えた。

「学園祭の運営総轄みたいな事もやっていたよ。・・・その年は色々あって、祭りが取り止めにされそうになって。全校生徒の署名を集めて、開催出来るようにしたんだっけ」

「ええ、それは大変だったね・・・会長になった事、後悔したりした?」

「ううん、仲間が助けてくれたし、楽しかったよ・・・え、」

僕はあまりに奇妙な事実に気が付き、絶句する。
黙り込んでいる僕を、永井さんが不思議そうに覗き込んだ。

「どうしたんだ、近江。忘れ物でも思い出したか?」

「・・・ううん、なんでもないよ」

生徒会の仲間の顔を、僕は一人も思い出せなかった。


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