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忘却葬送曲
finale後編 2

薄暗い生徒会室の中には、強い西日が射し込んでいる。
節電のためにと、蛍光灯は全て外されているから、電気を付ける事は出来なかった。

向かい側の席に座っている彼に、僕は声を掛ける。

「ねえ、正志。そこにあるファイル、俺にくれる?」

「・・・ふっ、」

「あっ、ちょっと。何で今笑ったの」

失笑した正志に、僕は唇を尖らせる。

「悪い、でも面白くて・・・やっぱり似合わねぇよ、“俺”は」

「透夜は喜んでくれたよ、強そうでかっこいいって」

あの喧嘩の後、頼れる兄になりたくて始めた事だった。
・・・何がどう変わるって訳じゃないけれど、自分にそう意識させるために。

「自分のためにそんな事を変えようとする兄が、微笑ましかったんだろ、ははは・・・」

隠しもせずに大笑いし始めた彼に、僕は嘆息する。
何もそんなに笑う事はないじゃないか・・・ああ、恥ずかしくなってきた。

「もう・・・透夜限定で使うよ。正志、そこにあるファイル、僕にくれる?」

「はは、ごめん・・・ほら、」

「ありがとう」

資料が詰まったファイルが、彼の手から自分へ渡ると、僕はすぐに仕事を再開した。
静かになった生徒会室に、校内に響く賑やかな音が入り込んでくる。

学園祭は、数日後に迫っていた。

全校生徒の署名により、学校側の決定は覆され、無事に開催される事になったのだ。
放課後を使って準備をする、彼らの音に励まされ、僕の手は休まず動き続ける。

最後の最後まで、生徒会長として頑張ってやり遂げよう。
生徒の誰にも「戦争中で、味気ない高校生活だった」とは絶対に言わせたくない。

「・・・真琴、」

「なに、正志?」

突然話し掛けられた僕は、顔を上げて正志を見る。
彼は穏やかな表情で僕を見つめてから、ゆっくりと口を開いた。

「俺さ、お前のこと好きなんだ」

いつもと全く変わりない調子でそう告げた彼に、僕の心臓は一瞬飛び跳ねた。
動揺を悟れないよう、僕も普段通りを装う。

「えっと・・・ありがとう、僕も好きだよ」

「言っておくが、友人としてじゃなくて、男としてだからな」

「うん・・・」

僕は顔を真っ赤にして、視線を机に落とした。

何となく気付いてはいたのだ、僕達の間に流れる空気の、その正体に。
それが今、正志の言葉で明確な輪郭を持ち、眼前に晒されている。

「今の関係を変えたいって訳じゃないし、どうしたいって訳でもないが・・・ただ、今この時に言っておきたかったんだ。・・・好きだよ、真琴」

「・・・僕、も」

返せたのはそれだけで、その先を言葉にできない。
僕は顔も上げられずに俯いたままだった。

「・・・手、握ってもいいか?」

「え・・・?」

「ちょっとの間でいい、お前に触れていたいから」

向かい側の席から差し出された右手を、僕は恐る恐る掴んだ。
しっかりと彼に握られた手は、徐々に熱を帯びていく。
揺さぶられていた心は次第に凪いで、代わりに言い尽くせない感情が、僕を満たした。

彼の手を握り返した僕は、ようやく顔を上げて、相手を目に映す。
少し照れたように笑う正志の頬には、赤みが差していた。

きっと僕も今、彼と同じ表情をしているだろう。

「これから先何があったとしても、俺はお前の事を忘れない。だから真琴、この日を絶対に忘れるな。お前が覚えていてくれるなら、俺はお前の中でずっと笑っていられるから」

「正志・・・?」

真剣な眼差しで話す彼に、僕は不安げに訊き返す。

「約束だ、真琴。この記憶が、お前が帰る場所になる為に、忘れないでくれ」

念を押すように繰り返された言葉に、僕は頷く。
正志は満足げに微笑むと、そっと僕の手を離した。

「返事はまた今度聞かせてくれ。俺は、ずっと待っているから」


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あきゅろす。
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