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忘却葬送曲
finale 前編 7

「ただいまー、透夜、遅くなってごめんね」

玄関から呼びかけてみたが、彼の返事はない。
家の灯りは着いているから、もう帰っているはずなんだけれど。

靴を脱いでリビングへ入っていくと、予想通り、透夜は本を枕にしてソファーで眠っていた。
着ていた上着を彼に被せると、僅かに身じろぎし、また眠りへと落ちていく。

そのあどけない姿に笑みを漏らしつつ、僕はキッチンへと向かい夕食の準備を始める。
今日はカレーを作る約束を彼としていた。

冷蔵庫から人参、ジャガイモ、玉ねぎを取り出し、皮をむいて細かく刻んでいく。

トン、トン、トン・・・

包丁がまな板を叩く音が、静かな部屋に鳴り響く。
ゆっくりと体を起こした透夜は、目を擦りながら僕に話しかけた。

「・・・んん、お帰り、真琴」

「ただいま、透夜。眠そうだね、カレーはもうちょっと待っていて」

「うん・・・母さん、子供を放って何やっているんだろ、もう四ヶ月だよ」

「今は忙しいんだよ、きっと。働き過ぎて体壊さなきゃいいけれど・・・」

軍の研究所に勤めている彼女は、戦争が始まってから益々、家に帰る事が少なくなった。
僕が高校生、透夜が中学生になって、子供だけでも生活出来るようになった事も理由だと思うけれど、やはり寂しいものは寂しい。

透夜はそんな気持ちが募ると、決まってカレーを作って欲しいと僕にねだる。

「お母さん、美味しく作れる料理のレパートリー、そろそろ増やしてくれればいいのにね」

「・・・きっと無理だよ、味音痴だから」

大きさがバラバラの野菜と肉を大胆に鍋に突っ込み、炒めずにそのまま煮込む。
程よくやわらかく煮えた所で、カレールーを入れて完成。
それを炊飯器で炊いたご飯にたっぷりと掛け、彼女は自慢げにテーブルに置くのだ。

母親の嬉しそうな眼差しを感じながら、妙に美味しいそれを、何杯もおかわりする。
透夜にとって、それが家族との一番幸せな時間であり、勿論、僕にとってもそうだった。

「透夜、きっともうすぐ母さんは帰って来るよ、もう少し待っていよう」

「・・・それ、もう何回も聞いたよ。俺達の事よりも研究の方が大事なんだ、あの人」

そう言い放った彼は、据わった目で僕を睨んだ。

「駄目だよ、あの人なんて言っては・・・僕達のお母さんでしょう?」

「・・・そうやって、聞き分けのいい子供を演じている真琴、嫌いだ。どうして文句一つ言わずにいられるの、家事とか俺の面倒とか・・・全部引き受けて大変なはずなのに、笑顔で誤魔化して!」

急に大きな声を出した透夜に気圧されつつ、僕はなだめるように言い返す。

「別に誤魔化してなんか・・・僕が好きでやっているから、透夜は気にしなくていいんだよ」

「だからそれが嫌なんだ! 真琴がそうやって一人で頑張っているから、僕は、大人しく黙っている事しか出来ない・・・母さんに、大変だから帰って来いって、寂しいって言ってよ・・・俺のために頑張るのは、もうやめて・・・」

震える声でそこまで言うと、透夜は今にも泣きそうな顔を、俯いて隠した。

いっそ一緒に泣いてしまえばいいのに、兄としてのつまらないプライドが邪魔をする。
僕の口からは、陳腐な慰めの言葉しか出て来ない。

「透夜、僕はずっと一緒にいるよ、何があっても透夜の味方でいるから、だから・・・」

「真琴みたいな、弱い兄貴なんて要らない・・・智洋のような、しっかりした兄ちゃんが良かった・・・!」

僕は何にも言い返せなかった。
確かにそうだ。頼りがいのある智洋の方が、僕よりもずっと兄らしい。

黙ったままの僕を、言われた本人よりも傷ついた表情をした彼が、じっと見つめていた。

「・・・外、出て来る」

力無い声で呟くと、透夜は逃げるように家を飛び出していった。
僕はまな板の上に転がる野菜を見て、渇いた声を漏らす。

「・・・玉ねぎ、目に染みるや」



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