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忘却葬送曲
finale 前編 3

「あー、やっと終わったー・・・喉渇いた、メロンソーダが飲みたい」

正志は背もたれにぐったりと寄りかかり、生徒会室の天井を見上げながら言った。
そんな彼を横目に見つつ、僕は手元の紙に視線を落とす。

〈今年度の学園祭中止に関して、臨時に集会を行う〉という生徒会からの通知であり、僕がさっき作成したばかりのプリントだ。
校長の決定を覆すかどうか、生徒達に問いかけ、次の行動を起こすための集会。

きっと彼らは取り止める事に反対するだろう。
学園祭は、窮屈な日常に押し潰されそうな僕達にとって、唯一の希望なのだから。

隣国との戦争が激化しつつあり、そして不利な戦況に追い込まれている今、学園祭のような「ただ楽しいだけの行事」は、他校でも中止が相次いでいた。

戦争とは言っても、実際に僕達の周囲に爆弾が落ちるような危険な事はまだ無く、新聞やニュースで伝えられる規制のかかった情報が、ただの高校生である僕が知っている全てだった。

でも、少しずつ確実に、僕達の日常にそれは侵食し始めている。
例えば本屋から、反戦的な内容の本が忽然と消えたり、
映画館で上映されるものが、やけにプロパガンダめいた内容であったり。

人々の感心は、急激に「戦争」の一点に集中していく。
そんな変化に流されてしまうことが恐ろしくて、僕は世界から目を逸らす事を覚えた。

大切な友人と家族に囲まれた平和な日々と、本の中で繰り広げられる物語の世界。
それらに埋もれることで、僕は自分自身を守っていた。

この小さな世界さえ、優しくて温かい楽園で在ればいい。
僕の大切な人々が幸せの中で笑っていられれば、僕もずっと笑顔でいられる。

(・・・だからこそ、この日常を壊されないように、戦わないとね)

僕は心の中で気合を入れ直し、明後日の集会で喋る内容を考え始めた。

しかしその思考は、僕の肩を叩いた誰かによって中断される。
振り返ると新島君が僕の背後に立ち、心配げに微笑みかけていた。

「近江、もう今日はやめよう。根を詰め過ぎるのは良くないから」

「新島の言うとおりだぞ。・・・まだ時間はある、そんなに焦るな」

新島君の隣にいる水野君もまた、いつもの豪快な笑みを浮かべ、僕を励ます。

「・・・そうだね、帰ろうか。よいしょっと」

座っていた椅子から、年寄りくさい掛け声と共に立ち上がった僕は、見慣れた室内に視線を巡らせる。
会議用の黒板、資料がたっぷり詰まった棚、長テーブル二つに、椅子が四脚。

副会長である中原正志と、会計である水野亮と書記の新島宗太、そして会長である僕によって、この生徒会は構成されている。この小さな空間で同じ時間を共有して来た、大切な仲間達だ。

「さて、・・・一階にある自販まで競争だ、走るぞ!」

鞄を肩にかけた正志が、子供のように声を上げ、勢い良く部屋から飛び出して行く。
毎度の事となったそれに、僕達も笑いながら後に続いた。

夕日に照らされた廊下を疾走する影法師は、瞬く間に遠ざかり、再び静寂が広がる。

次第に薄闇に包まれていく校舎に、彼らを見送った視点がひとつ、残されていた。


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