忘却葬送曲
Fourth Movement 3
「ここです。ああ、やっぱり夏はすぐに花がしおれちゃうな」
「・・・ここに眠っているのは、まさか・・・」
「ええ。・・・中原正志、透夜のお父さんです」
花の水を入れ替えた僕は、鞄に入れてきた線香とマッチを取り出した。
火を付けて吹き消したそれからは、甘い優しい香りが漂い始める。
僕が手を合わせると、墓石を呆然と眺めていた永井さんも、先程買った缶飲料を供えて手を合わせた。
「・・・僕以外は、ここに彼が眠っていることを知りません。政府の方では行方不明扱いのままだと思いますが」
「ああ・・・T島反政府組織のリーダー、中原の遺体は発見されなかったらしいが。・・・お前がここに弔ったのか」
「はい。・・・記憶を失う前の透夜も、この場所に来たことはないでしょう。教えられたら良かったんですか・・・彼には警察が張り付いていましたから。不用意に僕が近づけば、彼を危険な目に合わせかねなかった」
「・・・お前は、一体何者なんだ。銃弾に打たれても生き返り、・・・この世界の全ての人間から、あいつに関する記憶を消しされるなんて、・・・普通の人間じゃ出来ないだろ」
「以前の透夜を覚えているのは、僕と、永井さんだけですね。・・・彼がこの世界に刻んでいた記憶は、失われたわけではありません。今も僕の中で眠っています。・・・透夜は、僕のことをずっと覚えていてくれたみたいです。やっぱり会いにいけばよかったな・・・」
「中原親子とはいつ知り合ったんだ。・・・お前は、T島にいたのか?」
「はい。・・・作戦が実行された日も、僕はそこにいました。こんな体なので生き延びることは出来ましたが・・・僕には、人を助けられるような力はありませんから。大勢の人達の死を、ただ見つめることしかできませんでした」
今でも鮮明に思い出せるあの日の光景。・・・抱きしめていた子供が、瞼を閉じる瞬間。
しばらく沈黙が流れた後、永井さんは重い口を開いた。
「以前話した俺の親父は、T島作戦にも関わっていた。何があったか詳細なことは知らないが、酷い何かがあった事だけは分かる。・・・お前は、恨んでいないのか?」
相手の心を探るように尋ねた彼に、僕は穏やかに微笑んで返した。
「少なくとも、あなたのお父さんを恨む気持ちはありませんよ。むしろ感謝しています、彼が透夜を助けてくれましたから。・・・孝一さんですよね、永井さんのお父さんのお名前」
「・・・俺の親父を、知っているのか?」
驚いて目を見開く彼の表情は、僕と最初に出会った時の孝一さんにそっくりだった。
「ええ、高校生の息子がいると聞いていましたし、なんとなく顔つきが似ていましたから。・・・運命ってあるのかもしれませんね、こうして三人が出会ったことも、透夜がこの兵器を手に入れたことも」
僕は鞄の中から、携帯のような形をした機械を出した。念のため電源は落としてある。
永井さんはその小さな兵器を嫌そうにまじまじと見つめた。
「そういや、それのことをすっかり忘れていたな・・・。お前はこれがどんな物か知っているのか」
「はい。随分形も変わっているし、効果も強力になっているようですが、この機械を発明したのは正志で、一度見せてもらったことがあるんです。おそらく軍が、T島の研究所に残っていた資料を手に入れて作ったんでしょう」
「・・・透夜の父親は、何のためにそれを作ったんだ。革命でも起こす気だったのか?」
「そんな大層なことを彼は望んだわけじゃないよ。・・・もっともっと、些細な願いでした」
メロンソーダの隣にその機械をそっと置き、僕は高い空を見上げた。
先程の積乱雲は、より一層大きくなったように見える。
あの雲はいつ、どこで、雨を落として消えるのだろう。
ここまで来て、僕達を濡らしてくれればいいのにね、正志。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!