忘却葬送曲
Third Movement 8
「・・・今日は遅かったな、お前ら」
「あれ、永井さん来ていたんですか。すみません、お待たせして」
家の前にはバイクが一台停っていた。その持ち主である彼は玄関の前に座り込んでタバコを吸っている。
俺達が帰ってきたことに気がつくとその火を消した。
「こんばんわ、永井さん」
「ああ。元気そうだな、透夜」
俺の頭を豪快に撫で回した彼は、手に持っていた小さな紙袋を手渡した。
「編入試験合格おめでとう、・・・たいした物じゃないが、お祝いだ」
「ありがとうございます、開けてもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
袋の中に入っていた箱をゆっくりと開くと、その中からは立派な腕時計が出てきた。
それを見た俺は思わず感嘆の声を漏らす。
「うわあ、とっても格好良いです!大事に使わせていただきますね、永井さん」
「おお、気に入ってもらえたんなら良かった」
照れくさそうに頭を掻いた彼を、微笑んで見ていた近江さんが口を開いた。
「ふふ、それじゃあ急いで夕食を作ろうかな、透夜、手伝ってくれる?」
「もちろんです」
「・・・俺も手伝う、待っているのは暇だ」
結局3人がかかりで作ることになった夕食は、慣れない手つきで包丁を握る俺と永井さんのおかげで随分時間がかかったけれど、食欲をそそる香りを漂わせて食卓へと並べられた。
メインはもちろんカレー。夏野菜がたっぷりと入っていた。
「「「いただきます」」」
美味しいご飯を夢中で頬張りつつも、俺達の楽しげな会話は止まることがない。
「俺は高校の頃は野球ばっかりしていたぞ。お前はどうだった、近江」
「僕はまあ、学校では本ばっかり読んでいたなぁ。図書室の小説、全読破しようと頑張っていましたよ、無理だったけれど」
「うわ、典型的なアウトサイダーだな・・・。透夜、いくら本が好きだからってこんな風にはなるなよ、青春しろ、青春」
「あはは・・・なんだか年寄りくさいですよ、永井さん」
「・・・地味に傷つく一言だな、俺はまだ二十代だぞ・・・」
「僕はそんな教室の隅っこで本を読んでいる子じゃありませんでしたよ、ちゃんと生徒会のお仕事もしていましたし」
「新島先輩のような感じですね、見てみたいなぁ・・・アルバムとか残っていないんですか?」
「うーん、全部なくしちゃったんだよね。・・・そうだ、制服が届いたら記念写真撮ろうね」
「いいですね、せっかくですからこの三人で」
「ああ、ヘンテコな家族写真になりそうだがな」
料理の皿が全て空になってしまった後も、僕たちは食卓を囲んで話し続けていた。
(記憶を失った対価。それは、こんなにもありふれた幸せだった)
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