忘却葬送曲
Third Movement 5
「あっ、近江さん。こんにちは」
「こんにちは、新島君。今日も図書館で勉強かい、お疲れ様」
「はい、・・・そちらの方は?」
食べ終わった弁当を片付けていたところに、近江さんに話しかけて来た人物がいた。
長身の、学生鞄を肩にかけている真面目そうな青年だ。おそらく俺よりも少し年上だろう。
「僕の弟みたいなものだよ。透夜、こちらは君がこれから通う学校の生徒会長さん」
俺はベンチから急いで立ち上がって挨拶をした。
「初めまして、中原透夜といいます。二学期からY高校に編入することになりました、よろしくお願いします」
「あはは、そんなにかしこまらなくていいよ、会長職だってもうすぐ任期が終わるし。俺は新島宗太、こちらこそよろしくね」
俺は新島先輩から差し出された手を握り、しっかりと握手をした。
それを微笑ましげに眺めていた近江さんは、ベンチからゆっくりと立ち上がる。
「さて、そろそろお仕事に戻ろうかな。また後でね、透夜」
そう言った彼は、俺達を残して歩いて行った。
再び向かい合った俺と新島先輩は、ちょっとだけ笑い合った後、彼がいなくなって空になったベンチに腰を下ろした。
「近江さんと暮らしているの?」
「はい、最近からですけど。本当にお世話になりっぱなしです」
「そうか。俺もよくこの図書館に来ているから、あの人に色々と面倒見てもらっているよ。・・・本当に優しい人だよね」
「はい。とっても優しい人だと思います、・・・なんだか不思議なくらいに」
俺の言った言葉に、彼は何かを思い出しているのかのように、少しの間黙り込んでいた。
「不思議、か・・・確かにミステリアスな人だよね。浮世離れしているというか、何というか・・・彼は、宗教画から抜け出してきたみたいだ」
「宗教画ですか。・・・その通りですね、近江さんに見守ってもらえていると思うと、なんだかとても落ち着きます」
「うん。・・・彼は、この世界のどんな悲しいことも全て、目を逸らさずに見届けている。・・・そんな感じがするんだ」
そこで俺達の会話は途切れた。
俺はまた、目が眩んでしまいそうな青い空を見上げる。
あの飛行機雲はもう、その空から消え去っていた。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!