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忘却葬送曲
Third Movement 3

「それじゃあまた後でね。お昼になったら呼びに来るから」

図書館に到着した俺は、仕事をしにカウンターへと向かった近江さんと別れた。
今日読む本を選ぶために、小説のコーナーへと歩いて行く。

こんなふうに、司書の仕事がある近江さんに付いて行き、ひとり静かな図書館で読書や勉強をすることが最近の俺の日課だ。・・・最も、今以前のことは覚えていないから、前の俺が何をしていたのかはわからない。
もしかすると、同じように過ごしていたのかもしれないが。

本を数冊選び取った俺は、古っぽいソファーに腰掛けて読書を始める。

記憶を失ったあの日、・・・埃っぽい本に埋もれた場所で近江さんが差し出した手をとって以来、俺は彼と暮らし続けている。

「透夜」という名前。それだけしか、俺自身に関する記憶は頭に残っていなかった。
まあ幸い、生活や勉強に支障を来すような類の記憶喪失は無かった。・・・それはいいけれど。

近江さんが、以前俺とはどういう関係だったのか未だによくわかっていない。
本人が言うには「年の離れた兄弟みたいなもの」らしい。明確な定義でないのは、おそらく血は繋がっていないからだろう。

家族にしては、遠すぎる。知り合いにしては、近すぎる。

最初は近江さんにどう接すればいいか戸惑っていたが、彼は俺が記憶喪失であることをあまり気にせず自然体でいたし、・・・彼が、俺のことを大切に思っていることを強く感じるから、記憶が無いことに対する恐怖は薄れていった。

生活に必要なもの一式の用意、復学に必要な手続きと費用・・・近江さんは、自身の時間やお金を惜しまず、俺のために使ってくれた。
何故、彼はこんなに俺のためにしてくれるのだろう・・・その疑問は、日に日に大きくなるばかりだった。

だけど、それらを俺が知ってしまうと、この穏やかで優しい日常が・・・何故か終わってしまうような、そんな予感がした。

近江さんは以前の俺についてほとんど話したことがないし、「記憶を取り戻せたらいいね」などと言ったことは一度もなかった。
むしろ「思い出さないで」と、言葉にはせずとも彼に言われているような気がするのだ。

・・・今、俺はこんなにも大切にされていて、この幸せな日々の中にいる。
それを無理に変える必要なんて、全くない。知る必要にないことは、知らないままでいいじゃないか。

非常に僅かな変化さえ恐れてしまうほどに、俺はこの彼と過ごす日々を大切に感じていた。


(これは、白昼夢。あるはずのない、あなたと刻む幸せな・・・)


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