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忘却葬送曲
First Movement 7

「・・・新島君か。また、会ったね。・・・友達のお墓?」

墓の前でぼんやりと立っている俺に、ついさっき図書館で会ったばかりの、司書の近江さんが話しかけた。

彼の手には花束が握られている。誰か知り合いの墓があるんだろうか。

「近江さん。・・・ええ、俺の大切な人のです。あなたも誰かの墓参りに?」

「うん、・・・僕の知り合いがここに眠っていてね。時々こうして会いに来るんだ」

水野家の墓より数メートル先の場所にあった墓に、彼は持っていた花を丁寧に供え、鞄の中から取り出したロウソクと線香に火をつけた。
スーパーで買えるような線香とは違う、甘くて優しい香りが辺りに立ち込める。彼はそっと両の手を合わせた。

「・・・どんな方が、眠っているんですか、ここに」

俺の質問に、穏やかな声で彼が答える。

「誰よりもこの世界のことを考えて、愛していた人。・・・僕の大切な友人だよ」

しばらく合わせていた手を離し、ゆっくりと顔上げた彼は、・・・宗教画で見た神様のような、息をするのも忘れてしまう、慈愛に満ちた表情をしていた。

「・・・辛くはありませんか、その人がいなくなってしまって、あなたは」

「寂しいよ。・・・だけど、彼とは最期に笑い合って別れることができたから・・・彼の笑顔が、僕の中に今でも残っている。その表情を、その声をここへ来る度に思い出して、僕は幸せな気持ちになれるんだ」

突然吹いた涼しい夕暮れの風に、彼が活けた美しい花が、優しく答えるように揺れる。

「・・・君は、友達のお墓に来て・・・悲しい気持ちになるんだね」

再び流れ落ちた涙をすくい取るように、彼の冷たい手がそっと俺の頬に触れる。

「・・・彼のこと、君は忘れたい?・・・それで君は、前へ進める・・・?」

「え・・・?」

突然の近江さんの問いかけに、俺は答えることが出来ず、どこか苦しそうな彼の顔を見つめた。

「もし、どうしても辛くて、全て忘れ去ってしまいたいのなら・・・次に会ったとき、僕にそう言って」

そう優しい声で囁くように言った彼は、静かにその場から去っていった。

後には、彼が捧げた花と線香の香り、俺だけが取り残される。

太陽は完全に地平線へと沈み、辺りは闇に包まれ始めた。


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あきゅろす。
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