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忘却葬送曲
First Movement 1

「ごめんなさい、・・・好きな人がいるから、あなたとは付き合えません」

「そう、ですか・・・でも私、自分の思い伝えられただけで十分です。・・・お時間取らせてすみませんでした、新島先輩」

「いいえ、・・・さようなら」

今にも泣きそうな笑顔を浮かべた彼女は、一度も後ろを振り返らずに、その場を早足に立ち去っていった。・・・可愛い人だったな。もし俺が、あの差し出された細い手を取れたならば、彼女はどんな素敵な笑顔を浮かべただろうか。

今の俺は、その優しい手を取る資格も、未来への希望も、持ち合わせてはいなかった。

俺がひとり立ち尽くしている夏休みの学校の廊下には、開け放たれた窓の外にいる蝉の鳴き声だけが響いている。
樹液を吸い続け、その小さな体に数年かけて蓄えた命を、たった一夏で燃やし尽くす音色。

一生に一度の相手を求める、本能の叫び。

彼らは一体いつどこで、その自身の命を費やす術を学ぶのだろう。遺伝子にあらかじめ刻まれた、明確で絶対的な生きる理由。それが、俺にもあればいいのに。

生きているのに、生きていない。・・・死んでいるのに、死んでいない。

いい加減、こんなおぼろげな自分とはおさらばしたかったが、残念ながら、まだそれは出来そうになかった。


忘却葬送曲〜first movement〜

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あきゅろす。
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