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直感的学園生活
ある夏の真夜中に 1

第十五回 ある夏の真夜中に



「未咲、見てごらん。虹が出ているよ」

兄が指差した先には、晴れた空に弧を描く七色がある。
ぼくは瞬きする事も忘れて、その不思議で美しい光を見つめていた。

「きれいだね・・・この世界は、本当にきれいだ」

空を見上げる兄の横顔は、とても穏やかで美しい。

望月真咲は、ぼくにとって唯一の家族であり、この世界で一番大切な人だった。

突然の夕立で避難する事になった、錆びたトタン屋根の軒下から、水滴がきらきらとこぼれ落ちる。
濡れたアスファルトに出来た水たまりの眩しさに、ぼくは目を細めた。

(きれい・・・)

なぜ雨は降るのか、どうして虹が出来るのか。
そんな事さえ知らない幼い自分は、ただその美しさに目を見開いていた。

しばらくすると虹は徐々に霞んで、やがて空の色に溶け込んでいく。
それが何故か無性に悲しくて、ぼくは兄の腕にしがみついた。

「そろそろ帰ろうか、未咲」

「うん・・・」

軒下から出たぼく達は、家に向かう道をゆっくりと歩き始める。
その時、背後から大きな声で呼び止められた。

「おーい、真咲、未咲!」

「あれっ、夏希。どうしたの?」

小走りでこっちにやって来た彼は、雨傘を二つ手に携えていた。

「さっき急に雨が降りだしただろ。だからこれを渡そうと思ったんだが、結局止んじまったな。せっかくだからもらっていけよ、この傘」

「もう晴れているのに・・・ありがとう、今度遊びに行った時に返すから」

「ああ。未咲もまた来いよ。母ちゃんも鈴丸もすげー喜ぶからな」

「うん、また行く」

ぼくがそう答えると、夏希は嬉しそうに笑ってぼくの髪をくしゃくしゃにする。

夏希のお母さんは沢山お菓子をくれるし、猫の鈴丸はやたらとぼくに懐いた。
ぼく達がこれから帰る家には、そのどちらも無くて、ちょっとだけ憂鬱になる。

「また明日ね、夏希」

「ああ、じゃあな」

別れの言葉を言ってから、兄はぼくの手を引いて歩き始めた。
兄さんの手のひらは大きくて温かくて、ぼくの小さな手をいつも優しく包み込んでくれる。
それだけさえあれば、他には何も要らない気がした。

少し道を進んでから、ぼくは一度後ろを振り返った。
夏希は、ぼく達が別れた場所にそのまま立っていて、彼の視線の先には、

(兄さんを見ている・・・)

彼の真っ直ぐで強い瞳が、兄の背中をじっと見守っていた。
それはとても優しい色をしていて、ぼくの胸は何故か苦しくなる。

兄さんと繋いだ手を、ぎゅっと握り直した。



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