直感的学園生活
キテレツグルメ紀行 9
ピンポーン・・・
「知之、お父さんだ、ドアを開けてくれ・・・よし、もう一回」
ピンポーン・・・
「知之君、お父さんが来たぞ、中に入れてくれないかなー?・・・」
ピンポーン、ピンポーン・・・
「お父さんですよー、パパだよー、とーもゆーきくーん!」
ピンポン、ピンポン、ピンポーン・・・
「知之〜・・・ひっく、無視しないでよぉ〜お父さん、泣いちゃうぞ〜?・・・」
ピピ、ガチャン・・・
「はっはっは、こんな事もあろうかと、理事長室からマスターカードキーを拝借した!」
「ふっふっふ、そんな事もあろうかと、チェーンを掛けておいた。・・・遺品の整理は終わったのか?」
僅かに開かれたドアから見える、久しぶりの愛息子の顔は、血色が悪くやつれている。
あまり食べていないのかもしれないな・・・、このままでは倒れてしまうだろう。
「ああ、今日で学園から離れようと思っている。・・・部屋に上がっていいかい?」
「・・・ああ、わかった」
知之はチェーンを外し、三日間ずっと閉ざされていた部屋へと私を招き入れた。
思ったよりも部屋は散らかっていない。ゴミ箱や洗濯物かごは満杯の状態だが。
部屋の換気をしていたのか、リビングの窓は全開で、冬の冷たい空気が入り込んでいる。
それでも一瞬、鼻を掠めた酸味のある匂いが、この子の身体の異常を訴えていた。
「知之、食べ物を吐いてしまう状態なのかな。保険医さんには相談したかい?」
「いや、まだ・・・あと数日でお世話になりそうだと思っていたが」
「駄目だよ、ひとりで抱えこんでいては。治るものも治らないし、辛いだろう?」
普通の人間の二倍近い空腹感、それは満たされないと、とてつもない苦しみとなって体を蝕む。
それが三日間ともなれば、相当大変だったろうに・・・やせ我慢が得意な子で困る。
「知之、とにかくこの部屋に居ては駄目だ、学園から出てリフレッシュして来なさい」
「いや、そんな気分じゃ・・・「じゃあ、息子愛不足のお父さんを抱き・・・」外に出て来る」
熱い抱擁をするりと交わされた私は、少しだけ凹みつつ、財布から一枚の紙幣を取り出した。
それを「今日のお小遣い」と言って手渡すと、知之は目を丸くして私を見つめる。
「ゆっ、諭吉だと・・・ちょっとこれは多くないか?」
「今日一日でこの諭吉君を、自分のために使いなさい。
そして残らず全部使い切るまでは、学園に帰って来てはいけません、わかったね?」
「斬新なルールだな・・・了解した」
渋々ながら出掛ける支度を整えた知之は、一万円札を入れたがま口財布をコートのポケットに突っ込み、玄関ドアから出て行こうとして、一度足を止める。
振り返らずに背を向けたまま、知之は抑揚のない声で私に尋ねた。
「親父、・・・俺は母さんの願いを、叶えられるだろうか?」
「・・・知之、」
私が後ろから抱きすくめると、彼は少しだけ体を震わせて、大人しく腕に収まった。
一分程経ってから、ゆっくりと体を離した私達は、お互いの正面を向き合う。
赤みをやや取り戻した知之の顔を見て、私は満面の笑みを浮かべた。
「ああ、もちろん。私達の立派な愛息子だ、必ず出来るとも!」
「そうか、・・・ありがとう、行ってくる」
そう答えると、彼は甘い余韻を消し去るように「愛が暑苦しいな」と呟いてから、扉の向こう側に消えた。
うう・・・また地味に傷ついたぞ、お父さんは。
親子愛が過剰なのは仕方ない。菖蒲に笑顔で君を託された日に、私は誓ったんだ。
君を世界一、親に溺愛されて育った子供にしてみせると。
俺達の愛を受け取ってくれて、ありがとう、知之。
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