直感的学園生活 キテレツグルメ紀行 2 瞼を開けるとそこは、見慣れた我が家の、やや乱雑に散らかった自分の部屋だった。 いつの間に俺は、学園から帰って来ていたのだろう。 記憶を辿ろうとしてもさっぱりで、とりあえず布団がぐちゃぐちゃになったベッドから出た。 少し軋むドアを開けた途端、キッチンから漂う油の匂いが嗅覚を刺激し、空腹を呼び覚ます。 パチパチと軽い音を立てる中華鍋から、菜箸で唐揚げをせっせと取り出していた彼女は、少女のような顔ばせをこちらに向け、目を細める。朝の白い光に溶けて消えてしまいそうな、眩しい笑みだった。 「おはようございます、知之さん。今日は鳥唐揚げ弁当ですよ。くれぐれも授業中に食べるなんて事は止めてくださいね。ああ勿論、大好物のタコウインナーも入っています」 「母さん・・・」 呆然と立ち尽くしている俺に、テーブルで新聞を広げている親父が声を掛ける。 食卓は、出来立ての温かい料理で埋め尽くされていた。 「知之、ほら早くこっちに座りなさい、コーヒーが冷めてしまうよ?」 父はサーバーからなみなみと液体を注ぐと、湯気の立つカップを俺の方へ滑らせた。 困惑しつつも椅子に座った俺に、はしゃいだ声で報告し始める。 「聞いてくれ、知之・・・お父さんはついに大気圏を突破するぞ、月に行く事になった!」 「ロケットが燃えて星にならなきゃいいけど。藤二、もう年なんだから、冒険も程々にしなよ?」 隣の席でトーストにマーガリンを塗っている伯父が、子供を諭すように言う。 いよいよ目の前で起こっている事が信じられなくなり、俺の声は動揺して震えた。 「松一さん、どうしてここに・・・?」 「おはよう、知之君。おかしな事を言うね、昨日の夜からこの家に泊まっていただろう?」 楽しげに笑って答えた松一さんは、俺の寝癖が付いている髪を撫でた。 その優しげな手の動きが、そこから伝わる彼の体温が、俺の心を激しく揺さぶっていく。 「ふふふ・・・まだ寝惚けているのかな、この子は。ほら、コーヒーを飲んで目を覚ましなさい」 テーブルに置かれたままのカップを、松一さんが飲むように促す。 芳しい香りを漂わせる黒い水面を覗けば、今にも泣きそうな俺の顔が映った。 ・・・ああ、もう分かっているんだ、そんな事くらい。 俺が信じる事が出来たなら、このバラ色は、本物になれただろうか? 「皆さん、そろそろおしゃべりを止めて食べないと、仲良く揃って遅刻してしまいますよ?」 おどけた口調でそう言った母さんは、唐揚げをたっぷり載せた皿をテーブルに置いた。 黄金色の油を滴らせるそれを、じっと眺める。 やがて、ぽたりと透明な水滴をこぼした俺に、不思議そうに彼女は尋ねた。 「あら、どうしましたか、知之さん。突然泣いたりして、悪い夢でも見ましたか?」 「母さん・・・」 「はい、何でしょう?」 息子が呼び掛ける声に、母は嬉しそうに朗らかな声で答える。 俺の全てを慈しむような彼女の眼差しに、耐え切れずに瞼を閉じた。 「これは・・・夢だ」 そう低く呟いて目を開けた時、食卓は空っぽで、俺ひとりが椅子に座っていた。 まるで舞台照明が落ちたように、周囲は暗闇に包まれている。 取り残された俺が、スポットライトで虚しく照らし出された。 こんな場所に居るのは嫌だ・・・そう思い立ち上がった俺は、暗闇の中を歩き始めた。 しばらく進んでいくと、急に視界が眩しくなり、すぐ前方が照らし出される。 白い箱の中で、花束と一緒に収まって眠る俺に、晴樹と翔がすがりついて泣いていた。 暗闇の中に居る俺の存在には気付かず、二人は顔を歪めて涙を流し続ける。 彼らに呼び掛けようとしても、声は全く出なかった。 「知之君、どうして・・・こんなのは嫌だよ・・・」 「・・・知之、俺達を置いていくな・・・!」 ああもう、勘弁してくれ。こんなものを俺に見せないでくれ。 俺が悪かった、悪かったから。 ひとりで生きる事を選べば、こうならずに済んだのに。 大切な人達を悲しませて、何がバラ色の人生だ。無責任にも程がある。 がくりと膝を着き、両手で顔を覆った俺は、絞り出すように言葉を発していた。 「お願いだから、もう・・・誰も、俺を見ないでくれ・・・」 お前達を悲しませるくらいなら、もういっそのこと俺は、 (消えたい、消えてしまいたい・・・) 暫くして、どうにか気持ちを落ち着けた俺は、恐る恐る顔を上げる。 俺の思いを受け取ったかのように、二人は消え失せ、白い箱だけがそこに残されていた。 ゆっくりと立ち上がった俺は、のろのろとそこへ歩み寄っていく。 白い柩を覗き込んだ俺は、驚きで息を呑んだ。 先程まで俺を収めていたそこには、代わりに小さな少年が横たわっていたのだ。 目を開き、上体を起こした彼は、立ち尽くしている俺を見て、可笑しそうに口元を緩める。 「かわいそうだね、君も、僕も・・・」 そう言って彼が差し出した手を、俺が無意識に手を伸ばし掴もうとした・・・その時。 (ふはははは・・・知之、お父さんだぞー!・・・驚いたか、素晴らしいお土産だろう?) 小さなモアイ像が、愉快な声で喋り始めた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |