直感的学園生活 真夏の夜の大合唱 9 すっかり日が落ちてしまった校舎の廊下には、電気が灯り始めた。 野球少年と俺は寮へと帰るため歩いていた。 少年は何故か、先程からきょろきょろと周りを気にしている。 「どうした、野球少年。何か変なものでも見たのか」 「いいえ、・・・なんだろう、この音。どこからか分からないんですが、鈴のような音がさっきから聞こえて・・・」 廊下の角を曲がろうとした時、俺達とは逆の方向へ行こうとしている人物と出くわした。 「真田新聞部員か。どうしたんだ、こんな時間に取材活動か」 「おっ、倖田屋か。まあちょっとな、大スクープの予感がしたんでさ」 真田君は首に掛けている、彼の相棒である一眼レフカメラを格好良く構えてみせた。 「スクープと言えば、俺がこの前送った写真はどうなったんだ。何故一面に載らない」 「・・・えー、あの「山の主」とか言う写真か。何というか、ガセネタ臭が物凄くして載せられなかったんだ・・・。頭が猿、体は狸、尾は蛇で、手足が虎って・・・エキセントリックな合成にしか見えないって」 「本当に居たんだ、鳴き声もエキセントリックだったぞ。録音出来なかったのか惜しいな・・・」 「・・・それって、ヌエという伝説の化け物じゃ・・・ツチノコどころの騒ぎじゃない・・・!」 俺達のやり取りを聞いていた野球少年は、目を白黒させた。 「ところで何を撮りに来たんだ、真田新聞部員。お前の担当は親衛隊持ちの熱愛報道だろう。さすがにこの時間カップルが校舎に居るとは思えないが・・・」 「まあそれが本業だけどさ。・・・実は、現像して気がついたことがあるんだ」 彼は背負っていた鞄の中からアルバムを取り出した。 それを広げれば、どの写真も麗しいカップルばかりが写っている・・・どれも全て男だが。 うぐ、俺には刺激が強すぎたようだ・・・。 「この写真を見てくれ。・・・倖田屋はダメだったか、こういう物は・・・まあキスシーンは無視して、背景に注目してくれ。・・・気味の悪い笑みを浮かべている人物がいるだろう?」 真田君が指差した場所に、小さく生徒らしい男が写っていた。・・・確かに気味が悪いな、この表情は。 にやにや・・・というか、にへにへ・・・という感じだろうか。 「この写真だけじゃない。これも、こっちも、・・・俺がカップルを撮影するとこの男は高確率で背景に映り込むんだ、同じ気味の悪い表情をして。・・・俺はこいつが噂の、学園に居着いている幽霊だと踏んでいる」 「ゆっゆうれい・・・?」 今度は顔を青ざめさせた少年は、無意識に俺の上着のはじを掴んだ。あまりそういう物は得意ではないらしい。 「俺はこいつが幽霊だという確かな証拠が欲しい。・・・もしこんな時間にも写り込んだとしたら、間違いないはずだ・・・そう考えて、こうしてカメラを持ってやって来たんだ。待っていろよ、幽霊。俺がばっちり写真に収めて大スクープにしてやるぜ!」 彼がそう言って走り出そうとした、・・・その時。 チリン、チリン。 涼やかな鈴の音が聞こえた。 「なんだ、この音は・・・。野球少年、お前がさっき言っていたのはこの音か?」 「はい、そうです。気のせいではなかったようですね・・・まさか・・・」 「幽霊のラップ音かもしれない。噂をすれば出てくるもんだな・・・!」 チリン、チリン。 鈴の音が、その存在を知らせるかのようにまた鳴った。・・・そう遠くはない場所から聞こえるが。 「・・・倖田先輩、鞄が今光りましたよ。ケータイの着信音じゃないですか?」 「こんな綺麗な音には設定していないが・・・ちなみに俺の携帯電話は(青春だぜ!)というボイスがメールを受信する度に流れる。「阿呆だな、倖田屋…」まあ一応見てみるか・・・」 俺が鞄の中身を広げ始めると、少年はあるものを指し示した。…今日もらった古い楽譜だ。 「それ・・・なんだか光っているような・・・」 少しぼんやりとした顔の少年が、おもむろにその紙を俺の鞄から取り出した・・・その時。 青白い光の玉が、楽譜からふわりと飛び出した。 それはゆっくりと浮かび上がると、真っ直ぐ野球少年の体に飛び込んでいった。 その光が完全に吸い込まれると、少年は目を閉じて、その場にばったり倒れ込んでしまった。 俺は急いで彼の上半身を抱きかかえた。・・・息はしているようだな。 「なっなな、なんじゃこりゃー!倖田屋、こいつに一体何が起こったんだ・・・?」 「・・・わからない。少年が目を覚ませばいいんだが・・・」 俺達の心配をよそに、野球少年はそれからすぐに閉じていた瞼を開いた。 ほっとため息を吐いた俺は、瞬きを繰り返している彼に話しかけてみる。 「少年、無事か。・・・俺が、わかるか?」 すぐ側に居る俺を見た彼は、不思議そうに首をかしげ、こう言った。 「もしもし、あなたはどちら様でしょうか。・・・僕はなんでこんなところで寝ているのでしょう。家のベッドに居たはずなのに・・・とっても摩訶不思議です」 目を覚ました彼は、すっかり別人と化していた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |